世間は同情はしてくれても助けてはくれない、という話。
「タカハシくんね、世間というものは、同情はしてくれても、助けてはくれないものなんだよ」Y先生が言った。
そのころぼくは大学院生で、免疫学の勉強のためにY先生の教室に通っていた。冒頭の言葉を聞いたのは、ぼくが車上荒らしにあった話をした時だ。
Y先生の研究室では、毎週何曜日かの朝に大学院生が持ち回りで英語論文を読んで内容を報告しディスカッションしあう抄読会があった。その抄読会の席では、論文ディスカッションとともに、身の回りのことを簡単に報告しあう習慣があった。
その席で、ぼくは最近車上荒らしにあった話をしたのだ。
Y先生のもとでやろうとした樹状細胞の培養実験はモノにならずに途方に暮れる日々だったが、この「世間とは、同情はしてくれるが助けてはくれない」という言葉を聞けたことは生きる上で非常に参考になっている。
例えば、車上荒らしにあえば、まわりの人は「ひどい目にあったね」と同情はしてくれる。だが、当然ながら誰か車の修理費用を出してくれるわけではない。
仮に誰か「修理費用出してあげるよ」と助けてくれたとしたら、それは稀有な例で例外的なものとしなければならない。
なお、困っている人を助けなくてよいという文脈でこの話をしているわけではないことを強調しておきたい。
ただ、自分が困ったときに、「世間が助けてくれて当然」と思っても報われないだろう。世間というものは、同情はしてくれても助けてはくれないものだからだ。
世間というものは同情はしてくれても、助けてはくれない、ことが多い。
だから人間は、ムラとかクニとかの相互扶助の仕組みを人工的に作り上げなければならなかった。
you know,『もし我々が天使ならば、政府なんて要らない』。
繰り返しになるが、ミクロ事象としての個人の生き方として、助けあわなくてよいといっているわけではない。
ただ、心のどこかで「世間というものは同情してはくれても、助けてはくれない」というある種の諦観を持って生きると、また肚のくくり方も変わってくるし、もし誰かに助けてもらえたら感謝の仕方も変わってくるだろうなくらいの話である。
ここまで書いてきてふと思い当たったことがある。
そうは言っても、今までぼく自身、たくさんの人に助けてもらったじゃないか、と。助けてくれた人の顔が浮かぶ。
たくさんの人に助けてもらった事実と、「世間は同情はするが助けてはくれない」という言葉と、どう整合性を取るのか、という疑問が浮かんだ。
その答えは、イナヅマのように降ってきた。
ああそうか、今まで助けてくれたのは、「世間」じゃなかったのだ。
今まで助けてくれたのは、顔の見えない、得体の知れない「世間」じゃなかった。今まで助けてくれたのは、友人であり、家族であり、同僚であり、上司や先輩や後輩だったのだ。
そう思うと、ぼくの心の中に、助けてくれた人たちへの深い感謝の念が生まれた。
助けてくれた恩返しをするために、春が来たら「桜を見る会」でも開催しなけりゃならんな。
(カエル先生・高橋宏和ブログ2020年1月31日を加筆修正)
厚生労働省『人生会議』ポスター炎上を機に確認する日本の死生観(後編)
「日本の延命治療が濃厚なのは宗教がないから」という言説についてずっと疑問を抱いている。2019年11月に炎上した厚生労働省『人生会議』のポスターを機に、この疑問がまたふつふつと湧いてきた。
こうした「日本には宗教がない」みたいな、一見分かりやすい言説というのは有害だ。そこには思考停止のワナが潜んでいる。
狭い意味での宗教の定義は、教義、教祖、教団を必要とするが、明文化された教義のない神道も宗教である。漠然としたフィーリングも含めるならば日本にも当然、宗教はある。フィーリング感を出したいがゆえに宗教「感」という言葉を使っている。
こうした宗教「感」はわれわれの生活感覚の土台にあるもので、少しずつ変わっていくがそう簡単に揺るがない。特に無意識の宗教「感」に基づき日常行為が行われていき、それは医療も同様である。
延命治療、終末医療に影響を及ぼすと思われる日本の宗教「感」について、
・死は「穢れ」であり、できるだけ遠ざけたいもの
・臨終・見送りは大事
・復活の教義がない
ということについては先に述べた。
これにいくつか加えて言及しておきたい。
・日本において、死はゆっくりと完成する
日本において「生者」はゆっくりと「死者」になっていく。
脈が止まり、呼吸が途絶え、瞳孔が反応しなくなってもなお、文化的・宗教「感」的には「魂」はそこにいる。
21世紀になってもなお、人が医学的な死を迎え、死亡宣告を遺族にしたのちに医者は小さな声で遺体に「お疲れ様」とつぶやく。
遺体からチューブや点滴を外しながら、ナースはその身体を拭き清めることを「エンゼル・ケア」と言ったりするが、それは物体に対するものではなく「ケア」なのだ。
エンゼル・ケアでは身体を拭くために水ではなくお湯が使われるが、それは<「亡くなった人が冷たく感じないように」配慮されているから>である(<>内は波平恵美子『日本人の死のかたち』朝日新聞社 2004年 p.12)。
遺体を拭きながらナースたちはこう語りかける。「○○さん、ちょっと身体拭きますよ」。
当然ながら遺体に対する感覚は日米で大きく異なる。
<そう言えば、以前授業で、臓器移植の新聞記事を見たことがあるんですが、日本のお医者さんと海外のお医者さんの臓器の扱い方に、非常に違いがあって驚きました。日本のお医者さんは、まず手を合わせてから丁重に臓器を取り出す、アメリカの女医さんは、てきぱき臓器を取り出して「この臓器は若くてきれいで使えるわね」なんて話したりしている(苦笑)。(略)>(林田康順ほか『じゃあ、仏教の話をしよう。』浄土宗出版 平成24年 p.46)
医学的な死を迎えたあとも「魂」がそこにあるという感覚があることも、日本で臓器移植が進みにくい遠因になっているのであろう。繰り返しになるが、ぼく自身が興味があるのは事実だけで、だからいいとか悪いとか、こうすべしとか言いたいわけではない。
・絶対他力と「だれかがどうにか症候群」
延命治療、終末医療に限らないが、欧米医療現場との(通俗的)比較で言われることは日本では患者さん側の自己決定が少ないということだ。
昨今でこそ事情は違うが、日本の患者さんというのは「すべておまかせします」的な、積極的な自己決定を避ける傾向にあるとされている。
原因を医者側のパターナリズムに求めることが多いが、別の要素として「人間のできることは少なく、救われるかどうかは仏の御心にすがるしかない」という絶対他力という感覚があるのかもしれないとふと思った。
法然、親鸞の教えの影響というのではなく、もともと日本ではそうした受け身的な対応方法が連綿と続いていて、そこに絶対他力の教えが受け入れられたということなのかもしれない。
精神科医・頼藤和寛はそうした周囲まかせの態度を現代っ子特有なものとして「だれかがどうにか症候群」と名付け、<明らかに本人自身が対処・解決すべき課題に対して、みずから積極的に処理していく努力を示さず、さりとてその課題解決を断念している様子もない行動パターン>と定義した(頼藤和寛『だれかがどうにか症候群』日本評論社 1995年)。
しかしこうした「だれかがどうにかしてくれる」という行動様式は昔からあり、それが絶対他力というアイディアを受け入れる素地となったり、現代医療現場での「すべておまかせします」という言葉につながっているのではないだろうか。
まあここの部分は思いつきですけども。
だいたい全部を全部自分で決められるほど人は強くない。<いづれの行もをよびがたき身なれば、とても地獄は一定すみかぞかし>(親鸞、唯円『歎異抄』)と開きなおれる人は少ない。
それに「だれかがどうにか」というのは日本特有じゃない。世界のあちこちで今日も「ケ・セラ・セラ」、「セ・ラ・ヴィ」、「let it be」、「インシャラー」なんて言葉が呟かれている。
まだまだいろいろ考えなければならないことは多いが、とにかく「日本には宗教がないから濃厚な延命治療する」という言説は、どうにも底が浅いんじゃないかなあと思うわけであります。
先生高橋宏和ブログ2016年9月22日『日本における延命治療、終末医療と宗教・信仰について2(第1稿)』を加筆・再掲)
厚生労働省『人生会議』ポスター炎上を機に確認する日本の死生観(前編)
2019年11月、厚生労働省が『人生会議』啓発のために作ったポスターが「炎上」した。
『人生会議』とは、<もしものときのために、あなたが望む医療やケアについて前もって考え、家族等や医療・ケアチームと繰り返し話し合い、共有する取組のこと>(①:厚生労働省HPより)である。
今回の『人生会議』もそうだが、延命治療や終末医療の議論になるとよく、「日本には宗教がないから、無意味に延命する」的な意見が出る。それに引き続いてその場にいるみんながそうだそうだとうなづくシーンを何度となく経験するが、ぼくは内心そのことに反発を感じていた。
以前からつらつら考えていたことをここでいったんまとめてみたい。いつの日かきっちり文献的に裏付けを取ろうと思っていたけど、done is better than perfect、まずはやってみたい。間違ってるところがあれば直しますので。
宗教を横文字で言えばreligionで、religionの語源はre(再び)+ligare(縛る、結びつける)で、地上に産み落とされた無数の孤独な魂を再び結びつけるのが宗教だ。
さて、宗教のない民族などいるものだろうか。
狭い意味での宗教には教祖、教義、教団が必要だが、もっとうっすらとした、むしろ信仰とか宗教「感」とでも呼ぶべきものは当然日本にもある。
そしてその信仰・宗教「感」は実は医療のあり方にも大きく影響を与えている、というのがぼくの仮説だ。
特に終末期医療に絡む部分を順不同で書いてみる。ぼくが興味があるのは事実であり価値判断ではないので、これこれこうだからいいとか悪いとか、こうすべしと言いたいわけではないことをあらかじめ述べておきたい。
・「死は穢れ」ー極力遠ざけておきたいもの、死
死に対する感覚について、『古事記』に有名な黄泉の国の記載がある。
国つくりの神、イザナミノミコトは火の神を生んだことで死んでしまう。
夫であるイザナキノミコトはそれを悲しみ、黄泉の国に迎えにいく。イザナミノミコトは「私はすでに黄泉の国のものを食べてしまった身で本来は帰れない。だが黄泉の国の神に頼んでみましょう」と言ってイザナキノミコトを暗闇の中で待たせる。しかしイザナミノミコトは待ちきれなくなって闇の中で火をつけると浮かび上がったものは
<蛆たかれころろきて、頭には大雷(おほいかづち)居り、腹に黒雷居り、陰に拆(さき)雷居り、左の手には若雷居り、右の手には土雷居り、左の足には鳴(なり)雷居り、右の足には伏(ふし)雷居り、あはせて八はしらの雷神成り居りき。>(『古事記』岩波文庫 1963年 p.28-29)
すなわち蛆だらけ、雷(いかづち)だらけの変わり果てたイザナミノミコトの姿であった。それにしても雷だらけである、黄泉の国。
イザナキノミコトはほうほうの体で逃げ出すのだが、ここに見られる黄泉の国はじとっとして真っ暗でいやーな感じである。国つくりの神イザナミノミコトですら、『古事記』の中では死後「天国」とか「極楽浄土」とかには行けない。
神道では死は穢れであり、この世は浮き世で清浄なものという感覚があると聞く。
こうした感覚、現世が素晴らしく、死んだら暗くてじめじめしたいやーなところに行くというフィーリングは、たぶん今も終末期医療・延命治療の在り方に影響していて、そのために出来るだけ長くこの世に留まるのがよいというスタイルの医療が行われているのではないだろうか。
・孤独死はなぜ嫌われるー臨終・見送りは大事
基本的に、人は皆、死ぬときは一人だ。少なくとも物理的には。
だが、21世紀になってもなお孤独死は大きな社会問題とされるのはなぜか。
波平恵美子『日本人の死のかたち』(朝日新聞社 2004年)によれば、日本では今もなお、<(略)人はできるだけ多くの人に見送られて死出の旅立ちをするのがよいとする信仰が、まだ人びとに強く支持されている(略)>(p.54)。
「親の死に目に会える/会えない」というのは日本人にとって大問題だ。家族が患者さんの死出の旅に立ち会えるよう、家族が来るまで心臓マッサージを続けた経験のある医者は少なくないはずだ。
そこに医学的な意味は無いけれど、文化的・宗教的な意味はあって、そんなことも日本の延命治療や終末医療のありかたに影響している。
臨終が大事という感覚は、特に法然以前の「逝き方」に見ることができる。
源信の『往生要集』では、極楽浄土に逝くためには臨終のときにどんなことをしなければならないかが事細かに書かれている、らしい(そのうち読みますので…)。
特に臨終の場に同心同行、同じ信心を持った者がいてあげるのが大事で、一部ではそれが多ければ多いほどよい、みたいなところもあったようだ。
ここらへん、今も残る「たくさんの家族や友人に見守られて死ぬ」「盛大な葬儀で見送る」という理想の死に方と同根ではないだろうか。
ちなみに法然は、臨終よりも<平生の念仏行こそが肝要である。(略)平生に念仏を修し、その教えを信じている者は、臨終行儀をする必要はない。>とおっしゃっているそうです(浄土宗総合研究所『共に生き、共に往くために 往生と死への準備』平成24年 浄土宗)。
・復活の教義がないースパゲティシンドロームと油山事件、ギロチン、解剖
終末期医療を考えるときに対比されるのは欧米である。
曰く、「欧米では日本のように濃厚な延命治療はしない」、「日本には宗教がないから“無駄に”延命治療する」。
日本にも宗教「感」はあり、それが終末期医療のありかたに影響を与えているというのがぼくの仮説だ。
欧米と比べ、日本の宗教「感」にないのは復活の教義で、それが大きく終末期医療のありかたを左右しているのではないか。
ちょっと脱線してクイズ。
次の2つのうち、どちらが非人道的に残酷で、どちらか文化的で尊厳が保たれているか。その理由は。
A.ギロチンによる斬首刑
B.電気椅子による死刑
答えはAのギロチンによる斬首刑が非人道的で、電気椅子による死刑のほうが文化的。
理由は、ギロチンで首を斬られると「最後の審判の日」に復活できないから。
戦時中に、アメリカ兵捕虜十数名を日本兵が日本刀で斬首し、戦後に「残虐極まりない」とされた油山事件というものがある。処刑は軍法会議にのっとって行われたものだったが、その処刑方法がまずかった。
自らもキリスト者である佐藤優はこう述べる。
<では、この事件のどこに問題があったのか。日本は裁判にかけて、軍の手続きをとって、無差別爆撃という国際法に違反した行為を行ったとしてから、アメリカ人を銃殺にすれば問題なかったのです。しかし、日本刀で首を切り落としてしまうというのは、「残虐な行為」「捕虜虐待」になります。
さらにここでのポイントは、文化が関係してくるということなんです。つまり、イスラム諸国でもキリスト教国でも同じですが、死者の復活が教義で定められています。首を切ってしまったら、最後の日に復活ができませんね。ですから、キリスト教、ユダヤ教、イスラム教文化圏では、首を切り落としたり火葬にしたりするのは禁じ手なんです。「いくらなんでも復活できないほど悪いことはしていないだろう」というのが一神教文化圏の一般的な感覚なんですね。>(佐藤優・高永喆『国家情報戦略』講談社2007年 p.130)
上記の佐藤優氏のキリスト教、ユダヤ教、イスラム教文化圏では、火葬にするのは禁じ手という話について、2019年7月ころのtwitterでも、イスラム圏では火葬は忌み嫌われるというやりとりがあった(②)。
この復活の教義があることが、欧米の終末期医療をあっさりとしたものにしているのではないかというのが10年来のぼくの仮説である。
つまり、最後の審判の日になれば互いに復活して再会できる、とか、延命のために多くのチューブなどが身体にとりつけられる「スパゲティシンドローム」では復活の日にミゼラブルである、という潜在意識が、欧米の終末期医療の姿を規定しているのではないか。
10年ほど前からそんな仮説を抱いているのだが、不勉強ゆえ立証できてはいない。
日本でも禅宗では「大死一番、絶後蘇息」なんて言って、死んでから再生するみたいな言い方もあるようだが(中村圭志『信じない人のための<宗教>講義』みすず書房 2007年 p.121)、どうも原始キリスト教の復活の教義のほうはもっとリアルで肉感的、マテリアルな肉体が復活すると信じているようで、そこらへんはかなり医療のスタイルにも影響しているんじゃないかなあ。
日本の場合にはそんなリアルな感じで復活を信じているというのはないようで、だからこそ終末は永遠の別れとなり、少しでもその別れを先延ばしにしたいというスタイルの終末期医療につながっていくのではないだろうか。
ではどうして日本で復活の教義が生まれなかったのかというと、これはひとえに気候風土のせいだと言えよう。
高温多湿だとほら、いろいろと腐るから。
参考HP①https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_02783.html
「医者は死というものをどうとらえているか」という問いと、ひとまずの答え。
(写真:photo ACより)
医者になって今年で20年になる。
医者の仕事をしていると、「医者は死というものをどうとらえているのか。なんでもかんでも生かせばよいという考えが医者にはあるのではないか。医者が正しい死生観を持つことが、不要な医療を無くすことになるのでは?」という意見を聞くことがある。これについて現時点で考えていることをまとめておきたい。
「医者は死をどうとらえているか」ということに対する答えとして、数年前までぼくは論語の「未だ生を知らず、いずくんぞ死を知らんや」(先進篇)を愛用していた。
孔子の弟子の子路が孔子に聞いた。「先生、死ってなんですか?」
それに対して孔子がこう答えたわけだ。「私は未熟者で、まだ生きるということすらわからない。それなのになぜ死ということがわかるだろうか」
人類最高の知性の一人孔子ですら死をわからないのに、ぼく如きが分かりません、というふうに言っているのである。
上記はややはぐらかしであるが、一言で死と言っても持つ意味は様々だ。
一人称の死、二人称の死、三人称の死。
例えば「死体」と「遺体」の違いは何か。
波平恵美子『日本人の死のかたち』(朝日新聞社 2004年)によれば、どこの誰かわからない死んだ身体は「死体」と呼ばれる。しかしその死体がどこの誰か判明していくと、それは「死体」ではなく「遺体」となる。そこに人格が存在する(した)のか、周囲との関係性があるのかが「死体」と「遺体」の差なのだ(同書p.80-82)。
ロックバンドTHE YELLOW MONKEYの曲「JAM」にこんな歌詞がある。
<外国で飛行機が堕ちました ニュースキャスターは嬉しそうに
「乗客に日本人はいませんでした」「いませんでした」「いませんでした」
ぼくは何を思えばいいんだろう>
死についてのニュースなのに、この歌のニュースキャスターが嬉しそうに「乗客に日本人はいませんでした」と言えるのは、おそらく視聴者と関係性がある被害者がいない可能性が高いからだ(グローバル化で国境を越えた知人友人が増えた現代では成り立たない歌詞かもしれない)。
死をどうとらえるかと言うけれど、関係性によって全然変わってきてしまうわけである。
また、時に、死が救いになることがあるのかもしれない、ということぐらいはぼくにも分かる。
死よりも過酷な生もあり得る。
ドルトン・トランボの小説『ジョニーは戦場へ行った』(角川文庫 昭和46年)の主人公ジョニーはコロラド育ちで、異国の戦場で砲弾にあたった。
ジョニーは目を失った。
ジョニーは鼻を失った。
ジョニーは口を、耳を、失った。
右腕も、左腕も、右脚も、左脚も、失った。
暗闇の中、無音の中でジョニーは生きる。病院のベッドの上で身動きもできず、言葉を発することもできぬまま。
事実は小説よりさらに過酷で、もっと残酷な生は世にあふれているのだろう。
だがしかし、ぼくは医師が彼個人の死生観をふりかざすことを好まない。
死生観を持つことは自由だし、ぜひそれぞれの死生観を深めるべきだと思う。
しかし、社会において、病院や医師はあくまでも可能な限り命を救うことを要求されているとぼくは思う。可能な限り命を救うことは病院や医師の社会的役割である。
警察の社会的役割が悪者を捕まえる事であるのと同じことだ。
一警察官が「アウトローの人って必要悪だよな」と考えていたとしても、その個人の思いを業務に反映されたら困る。「必要悪だから逃がしますよ」とか言われたら困ってしまうのだ。
それと同じように、「ただ長生きすればいいってもんじゃない」と考える医者がいても、それを業務に反映されたら困るのだ。だって、自分の主治医がどんな死生観を持つ医者かなんてわからないし、それぞれの死生観に忠実に仕事をされたら、「長生き最高!!」と思う医者の場合にはめいっぱい治療を受けられて「長生きしてもつらいだけ」と思う医者にかかったらそこそこで治療を打ち切られてしまうことになるのだ。そんなロシアンルーレット、やだ。
死生観とどこまでどんな治療をすべきかを決めるのは一医療技術者である医者ではなく、あくまでも社会だ、と思うわけであります。
というわけで、冒頭の「医者は死というものをどうとらえているのか」に対し、最近は徒然草から「人、死を憎まば生(しょう)を愛すべし。存命の喜び、楽しまざらんや」と返すようにしている。
生(しょう)・愛してますか?
(カエル先生高橋宏和ブログ2016年1月11日『医師と死生観』http://www.hirokatz.jp/entry/2016/01/11/023245を加筆・再掲)
日本ほめ上手列伝
(toraneko6さんによるイラストACからのイラスト)
常々思っていることだが、日本には、「ほめ」が足りない。
ネットやテレビでやってる「日本SUGEEE、世界がしびれる、憧れるゥッ!」的なやつじゃなくて、普段づかいのやつ。
ネットでは「いいね!」を乱発するくせに、日常生活で「いいね!」を使いこなしているのはクレイジー・ケン・バンドくらいではなかろうか。
日本には、「ほめ」が足りない。
足りないものには値札がつく。
普段からひとにほめられていないから、「ほめ」を求めてオジサマたちは夜な夜な街をさまよい歩く。夜の蝶から「さすが~」「知らなかった~」「すご~い」「センスい~」「そうなんですかぁ」の「ほめ」のさしすせそを手に入れるために、彼らは大金を払うことを惜しまない。嗚呼、巧言令色鮮し仁。
しかしそんなほめが足りない日本にも、燦然と輝くほめ上手たちがいる。もしほめ上手を目指すなら、そんなほめ上手たちから学ばない手はない。
日本のほめ上手といえば太鼓もち、幇間(ほうかん、たいこもち)。
夜のお座敷の雰囲気づくりのプロ、幇間の歴史は長い。
そもそも「たいこもち」という名前は、豊臣秀吉の側近曾呂利(そろり)新左衛門がしょっちゅう「太閤、いかがで、太閤、いかがで」と言って太閤秀吉を持ち上げていたから「太閤もち」→「太鼓持ち」というようになったという説があるくらいだ(諸説あり。小田豊二『悠玄亭玉介 幇間の遺言』集英社文庫 1999年p.28)。
ちなみに幇間というのは酒間を幇(たす)けるという中国の言葉からきている(同書同頁)。
さて、最後の幇間と呼ばれた悠玄亭玉介が、こんなことを言っている。
とにかく相手に惚れてみな、と。そしてそのためには
<あたしはね、とにかくまずお客様の顔を見ることにしてた。
目とか鼻とかおでことか、じーッと見る。そうすると不思議だね。いいところが見つかるんだよ。人間てのは、不思議なもんで、どんな人でも二カ所はいいところがある。目つきがいいとか、口に愛嬌があるとか、鼻がかわいいとかさ。顔じゃなくたって、笑い声が子供みたいだとか、姿勢がいいだとか。
もちろん、金払いがいいってえのが、あたしにとっては最大の魅力だけどね。>
(上掲書 p.260)。
どんな人でも二カ所はいいところがある。一カ所と言わないところが粋ですね。
87歳まで活躍した玉介は<人に惚れ、仕事に惚れ、自分に惚れる。それがあたしの長生きの秘訣よ。>(p.289)とも言っている。
よく見て言葉を発する職業といえば小説家。
小説家井上光晴を追ったドキュメンタリー映画『人間小説家』の中で、よく思い出すシーンがある。たしか、こんなシーンだった。
井上光晴がお弟子さんの女性とチークダンスを踊る。そこはかとなく色気が漂う。
女性は六十前後くらいだろうか。
女性がインタビュアーに語る。
「先生はね、私のことほめてくださったの。耳たぶが可愛いって」
そういいながら女性はほんのり頬を染める。
「今までそんなこと言ってくれる人なんていなかったから。でもね、何十年も前……亡くなった両親がそう言って私をほめてくれた。耳たぶが可愛いって。誰にも言ったことはなかったけど」
ほめの一言が幸せな子供時代をよみがえらせ、女性のモノトーンの日常をフルカラーに変えたのだ。相手をよく見、言葉を選びぬき心を射抜く。まさにほめの達人と言うべきであろう(1)。
ちょっとひねった「ほめ」もある。
サッカー日本代表の監督だったイビチャ・オシム氏は数々の名言で知られる。
オシムは選手に対しても辛辣で厳しい言葉を浴びせ続けたが、それだけではなかった。
<「ずっと厳しいことを言っておいて、ふとした時に、ポンと『もうワールドカップ出場を狙っていないのか』とか、『もっと上を見いいんだぞ』とか、声をかけるんです。例えば阿部やいろいろな選手に、お前たちは代表の選手に劣っている部分はそんなにないんだから、もっと上を見ていいんだと、言ってくれたりするんです。(略)」>(木村元彦『オシムの言葉 フィールドの向こうに人生が見える』集英社インターナショナル 2005年 p.203。「 」内は羽生直剛選手談)。
世界が誇る名将にぼそっと「もっと上を見ていいんだぞ」と褒められたら、選手も発奮するというものだ。
ちなみに、オシムは<「言葉は極めて重要だ。そして銃器のように危険でもある。(略)新聞記者は戦争を始めることができる。意図を持てば世の中を危険な方向に導けるのだから。ユーゴの戦争だってそこから始まった部分がある」>(『オシムの言葉』p.38)とも語っている。
「引きのほめ」というのもある。
あえて語らないことで成立する「ほめ」だ。
政治評論家の三宅久之氏は阿川佐和子氏と会うたびに
「これはこれは。また今日は一段と……」
とだけ挨拶するという(阿川佐和子『聞く力』文春新書 2012年 p.242)。
そのエピソードについて、阿川氏はこう続けている。
<でもたしかに、「一段と……」のあとに、実のところ何が続くかはわからないのですが、言われた側としては、「一段と、おきれいで」とから「一段と若々しく」とか、そんなふうに褒めていただいたような錯覚を起こすものです。三宅さんとしても、本人を前に、歯の浮くような具体的な形容詞を使わなくて済むから、さほど負担にはならない。>(上掲書同頁)
なるほど。
日本の歴史の中で、ほめの金字塔といえばやはり淀川長治だろう。
一定以上の年代の人なら知らない人はいない映画評論家で、一言でいえば愛の人だ。
映画への愛、映画人への愛、視聴者への愛にあふれた淀川氏の映画解説には、「ほめ」しかなかった(2)。
「どの映画にも見所はある」が信条で、日曜洋画劇場でくりひろげられる映画解説では、どんな映画であっても決してけなすことはなかったという。たとえB級C級映画であっても彼は必ずほめるところを見つけ出してほめた。
ぼくたち「ほめ」業界の間で伝説となっている映画解説がある。
こんな感じだったようだ。
「はいみなさんこんばんは。今日の映画は、『大蛇アナコンダ』。あなたね、大蛇、出てきますよ。出てくるヘビがね、なんと、体長、5メートルも、あります。大きいですね、すごいですね、怖いですね。しかもね、アナコンダ、とても速い。くねくねくねくね、動くんですね、速いですね、すごいですね、怖いですね。 ね、あなた、なんといっても、アナ、コンダ、大きいですよお、楽しみですねえ。それではじっくりお楽しみください」(3)
大蛇が大きいとしか言っていないのだが、よっぽど大きい蛇だったのだろう。
淀川氏は89歳まで長生きしたが、この人もまた人に惚れ、仕事に惚れ、自分に惚れた人の一人だったのかもしれない。
日本のほめ上手たちを振り返ってみたが、どの達人たちもかなりの人生経験を経た人々であることに気づく。「ほめ」の達人になるには、まずは自分の人生の達人にならなければならないのだ。
ほめ上手への道は長く険しいが、それでも明日はモア・ベター。
いやあ、「ほめ」ってほんとうにいいものですね。サヨナラ、サヨナラ、サヨナラ。
(1) 映画を見たのは二十年以上前で、あえてうろ覚えのまま書いた。大きく間違ってたら直します。
(2)ただしイベントなどでは結構辛口なことも言っていたようだ。
(3)youtubeで『アナコンダ』の解説があがってないか探したが見つからなかった。残念。どこで見られるかご存じのかた、教えてくださいませ。
正しいほめかたとイタリア人

(acworksさんによる写真ACからの写真)
実は、イタリア人になるつもりだ。だって楽しそうなんだもん。
日本や英米社会が高ストレス化していくばかりなのに対し、日がな一日イタリア人はマンジャーレ・カンターレ・アマーレ(食べ、歌い、愛す)だし、なにしろペペロンチーノでエスプレッソだ。とにかく人生を楽しんでいる感じが素晴らしく、前々から日本にはラテン成分が必要だと思っている。ペスカトーレ。
イタリア人のキメ台詞は「Goditi la vita」、あなたの人生を楽しみなさい、だという。ボンゴレ。(参考サイト 嘘と誓い )
ではどうしたらイタリア人になれるのか。やはりドルチェとか食べるのか。
文献によれば、イタリア人はとにかくおしゃべりらしい。
シモネッタことイタリア語通訳の田丸公実子氏は、ガセネッタこと米原万里氏との対談でこう述べた。
<田丸 イタリア人は口上手で話し言葉が豊富。プレゼントあげるとイタリア人は「マニフィコ!スプレンディド!ファヴォローゾ!エッチェレンテ!ペッリッシモ!」って、パーッと言う。でも日本語だと「すばらしい」しかないの。「最も美しい」なんて日本語じゃないし、「卓越した美しさ」だなんて、話し言葉じゃないし。日本語は、書き言葉と話し言葉の乖離が激しい。
米原 日本人は昔からそうなのよ。『枕草子』だって、「あはれ」と「をかし」ぐらいしか出てこないじゃない(笑)。>(『言葉を育てる 米原万里対談集』ちくま文庫 2008年 p.223)
そうか、足りないのは“ほめ”だ!イタリア人になるには“ほめ”に習熟せねばなるまい。
そう考えてぼくは、しばらくの間“ほめ”に励んだ。むろん、イタリア人になるためである。グラッツェ。
しかしその結果は散々なものだったことを告白せねばなるまい。
手当たり次第かたっぱしから周囲の人のことをほめてみたのだが、かえってくる言葉は
「どうも君の言うことはうさんくさいんだよね」
「心がこもってないよなあ」
「なにかたくらんでそう」
マンマ・ミーア、ローマは一日にしてならず。
誰かをほめるというのは案外難しいものだ。ほっておくと私たちの舌は、人の悪口を言うようにできている。
嘘だと思うなら試みに、他人をほめながら酒を飲んでみるとよい。誰かをほめながら飲み会をやっても5分で終了してしまうが、誰かの悪口を言いながら酒を飲めば一晩中だって飲み明かせるものだ。
古人曰く、<舌は火である。不義の世界である。(略)舌を制しうる人は、ひとりもいない。>(ヤコブの手紙 第三章)。
舌を制し、“ほめ”を極めるにはどうしたらよいか。
悩んだ末、専門家の力を借りることにした。すべてはイタリア人になるためである。
専門家によれば、正しい“ほめ”には6つの原則があるという。
すなわち、①事実を、細かく具体的にほめる、②相手にあわせてほめる、③タイミングよくほめる、④先手をとってほめる、⑤心を込めてほめる、⑥おだてず媚びずにほめる(本間正人・祐川京子『やる気を引き出す!ほめ言葉ハンドブック』2011年 PHP文庫 p.33)である。
特に⑥が難しい。
媚びへつらうつもりがなくても、まかり間違うとやはり“ほめ”ではなく“おだて”、“こび”に聞こえてしまうのが“ほめ”の難しいところだ。
上記の『ほめ言葉ハンドブック』には豊富な実例が載っていて参考になる。その中でも特に参考になるのが運と包丁である。
なにか仕事が想像以上にうまくいったとき、「運がいいね」と言われると腹が立つ。
しかし「運がつよいね」「強運の持ち主だね」と言われると、悪い気はしないものだ(参考箇所『ほめ言葉ハンドブック』p.63-64,p175-176)。
また同書は、寿司職人をほめるときには「見事な手さばきですね」とほめてはいけない。「素人にわかってたまるか」と無用の反感を買うからだ。
そうではなくて、「その包丁、よく切れますね」とほめるのがよいという(p.105-106)。
これはおそらくこういうことではないか。
ほめの対象となる人物そのものをほめようとすると失敗するが、ほめの対象人物に付随するものをほめればうまくいく。
ほめという言葉の矢を放つときに、的の中心を射抜くのは大変で、往々にして「的はずれなほめ」になる。「的はずれ」なほめは、単なるお追従である。
そうではなくて、的の周辺、ほめの対象人物に関するものごとや、ほめの対象人物が関心のあるものをほめなければならないのだ。
ベストセラーとなった『嫌われる勇気』(岸見一郎・古賀史健 2013年 ダイヤモンド社)にはこんな一節がある。
<アドラー心理学では、子育てをはじめとする他者とのコミュニケーション全般について「ほめてはいけない」という立場をとります>(kindle版 2482/3760 )。なぜなら<ほめるという行為には「能力のある人が、能力のない人に下す評価」という側面がふくまれて>いるから(2482/3760)。
アドラーの見方では、<人は、ほめられることによって「自分には能力がない」という信念を形成していく>(2563/3760)という。だから人は、本能的にほめる人を警戒するのかもしれない。
アドラーの顔を立てつつ正しいほめかたを身につけるのはどうしたらよいか。その答えは『嫌われる勇気』の続きである『幸せになる勇気』にあった。
おだてずこびず、相手にイヤな感じを与えずにほめるにはどうしたらよいか。
『幸せになる勇気』が出した答えはずばり<「他者の関心事」に関心を寄せる>(『幸せになる勇気』609/3673。ただし同書自体には「ほめる」とは書いておらず他者に敬意を示す具体的な方法としている)である。
エウレーカ!これですべてがつながった。
相手そのものではなく相手に付随するものや相手が関心のあるものをほめよ、というのはそういうことだったのか。
寿司職人自身ではなく職人の持つ包丁をほめるというのは、職人の関心事に関心を寄せるということだし、<相手が尊敬する人物をほめる><経営者をほめる時は本棚に注目>(『ほめ言葉ハンドブック』p.100-103)というのも、まさに相手の関心事に関心を寄せることにほかならない。
ではどうしたら他人の関心事に関心を寄せる、言葉を変えれば相手への尊敬を具体的に示すことができるのか。
この答えもまたシンプルで、相手を虚心坦懐に見ることだ。
<尊敬(respect)の語源となるラテン語の「respicio」には、「見る」という意味があります。>(『幸せになる勇気』491/3673)
イタリア人になるために正しいほめかたを身に着けること。そのためには相手を尊敬し、見ることが重要ということなのだろう。
長くなった。
イタリア人になるための旅は、イタリア人の言葉で終えるのがふさわしい。
イタリア人といえば、パンツェッタ・ジローラモ。ジローラモ氏はこう語る。
<私は子供の頃から人間観察が好きだった。>
<今でも私は人を観察することが好き。日常の中で人を見ることが好きだけど、特に旅行で海外を訪れたときの醍醐味は、外国の異文化の中で、いろいろな人たちの表情や癖を発見すること。>
<(略)女性に対してのみならず人をよく観察して、その人に対してのさりげないフォローができるようになったら、オトコとしてだけでなく、ひとりの人として素晴らしいことだと思うし、それが日頃、私が心がけていることでもある。>(パンツェッタ・ジローラモ『ジローラモのイタリア式伊達男のなり方』2004年 河出書房新社)
さすがジローラモ氏、いいことを言う。さっそく『LEON』を定期購読することにする。嘘だけど。
(『カエル先生・高橋宏和ブログ』2017年4月9日を加筆再掲)
大副業時代に「鶏口牛後」を考える。

写真:photoACより
「鶏口となるも牛後となるなかれ」という言葉がある。略して「鶏口牛後」。
大きな組織の下っぱであるよりも、小さくても組織のトップを目指せ、という意味で、中国の古典『史記』がオリジナルだという。
これは正しいのかと昔からずっと考えてきた。
例えば受験で志望校を決めるとき。
鶏口牛後が正しいとすると、いい学校に超無理してビリで入るより、そこそこの学校にトップで入ったほうがよいことになる。
確かにギリギリの学力でいい学校に入っても、授業についていけなかったらあとあとつらい。
それよりは余力がある状態でそこそこの学校に入ってトップでいたほうがよいというのは言えるかもしれない。
しかし一方で、人間にはのびしろというものがある。
入学時にギリギリの学力でも、まわりのデキる生徒と切磋琢磨して少しずつ成長する可能性がある。
入学時には牛後ポジションであっても気が付けばその集団の真ん中くらい、牛の腹くらいまで伸びることができるだろう。
はじめから鶏口ポジションだと、それ以上伸びようがない。
人間は環境の生き物で、環境によってよくも悪くも変わっていく。
まわりがデキる奴ばかりだったら「このままじゃいけない」と発奮するだろう。
荀子曰く、「蓬(ほう)、麻中に生ずれば扶(たす)けずして直し」。
ぐねぐね曲がって生えるつる草、蓬(ほう)も、まっすぐ伸びる麻に囲まれて育てばまっすぐに伸びるのである(中公クラシックス『荀子』p.6-7。なお、同書によれば、原文の「蓬(ほう)」は日本の「よもぎ」とは別の植物だそうだ。なんということだ)。
大きな組織や会社の下っ端(=牛後)がよいか小さな組織のトップ(=鶏口)がよいかは個人の性向によっても変わってくる。
職人かたぎの専門職だと、自分の仕事だけに没頭できる牛後ポジションというのは悪くない。
対外的には下っ端であっても、大きな組織や会社に属しているとそれだけで信頼を得られるし、大きな仕事も任せてもらえることがある。
組織が持つ力との相乗効果で、大きな仕事を成し遂げることができるのが牛後ポジションの利点だ。
フェイスブックの共同創業者ダスティン・モスコヴィッツは、グーグルマップを開発したブレット・テイラー(約1500人目のグーグル社員)や「いいね!」ボタンの開発メンバーチーフのジャスティン・ローゼンスタイン(FB約250人目の社員)についてこう言っている。
<(彼らは)機能を世に送り出すために自分の会社を立ち上げませんでした。むしろ自分の会社を作って同じことをしていたら、失敗したでしょう。「いいね!」機能で世界に影響を与えるには、広く普及している(グーグルや)フェイスブックの存在が必要だったからです。どんな会社を始めたいのか、やりたいことが実現できるのはどこなのかに関しては、常に考えておくべきです。>(クーリエ・ジャポン 2015March p.93。( )内は筆者)
一方で小さな組織のトップであることのメリットも大きい。
小さくても、組織や会社の全ての仕事をやりくりすることでマネジメント能力を高めることができるし、仕事全体・業界全体を俯瞰してみるクセがついていく。
言われたことを受け身でやればよい牛後ポジションに比べ、自らの生きのこりをかけて積極的に仕掛けていかなければならない鶏口ポジションで必死さが違う。
「周囲を引きずりまわせ。引きずるのと引きずられるのでは、永い間に天地のひらきが生まれる」(電通「鬼十則」)という奴ですね。
つまるところ鶏口がいいか牛後がいいかは人によって違うだけの話であるが、大企業でも副業解禁が叫ばれる今の時代におすすめなのはハイブリット型だ。
大きな組織に所属しながら安定性を確保しつつ、副業したり自ら小さな勉強会などを主催したりしてそちらでは鶏口ポジションとしてチャレンジングなことをしてみる。
あるいは小規模の会社の経営者として辣腕をふるいながら、業界団体の新参者として先達から学びながら経営者同士社員には話せない悩みを共有する手もある。
大きな組織の一員であるにせよ、小さな組織のトップであるにせよ、どっぷりと一つのポジションだけにとどまるのは視野がせまくなる危険性があるのだ。
本業をおろそかにせず、複眼的思考を手にいれるためにはどのくらいの割合のハイブリットを狙えばよいか。
その割合はずばり2割。
googleでは以前、次のビジネスの種を探すことにつながるとして業務時間の20%を自由なプロジェクトに使ってよいとしていた。
元リクルート営業マンの大塚寿氏は、1万人以上のビジネスマンにインタビューし、ビジネス人生を後悔しないために『8割は守りでいいから2割は攻めろ』と言っている(大塚寿『40代を後悔しない50のリスト』ダイヤモンド社p.46-49)。
もし自分が現在大きな組織の一員として行きづまりや息づまりを感じていたら、2割の鶏口要素を取り入れてみる。
自分が小さな組織のトップで将来展望が見えなかったり同じレベル感で悩みを相談できる相手がいなければ、業界団体や同業種交流会・経営者交流会などの大きな団体に飛びこんでみる。
しかし本業はおろそかにせず、心も時間も8割は本業のために確保しておく。
この時代、仕事の黄金比率は牛8鶏2か鶏8牛2。
なんだかとっても良いダシがとれそうである。
(『カエル先生・高橋宏和ブログ』http://www.hirokatz.jp 2015年9月20日より加筆再掲)
「運がいい人」とはどういう人か
(写真:photoACより)
世の中には、運がいい人、というのがいる。
普通なら思いもつかないような出会いに恵まれたり、懸賞や宝くじにもバンバン当たる。歩いていればお金も拾うし、たまたまカフェで隣りあった人から大きな仕事の話をもらったりもする。
生まれついてのラッキー・マンやラッキー・ウーマンである彼らは口を揃えてこういう。「いやー運が良かっただけだよ」。
運がいい人っているよな、ああうらやましい妬ましい、生まれ変わったら自分もそんな星のもとに、なんてグチるんじゃなく、「運がいい人」をしっかり研究した人がいる。イギリスの心理学者、リチャード・ワイズマン博士である。
この人はもともとマジシャンで、マジックの裏に潜む人間心理の面白さに目覚めてロンドン大学とエジンバラ大学で心理学の研究をし博士号をとった。
ワイズマン博士を一躍有名にしたのが、「運のいい人」の研究である。以下、博士の著書『運のいい人の法則』(角川文庫 H23年)をもとに述べる。
「運のいい人」には何か法則があるのではないか、と博士は考えた。
「運のいい人」の法則を調べるには、「運のいい人」をたくさん集めてきて共通点を探ったり、「運のいい人」グループと「運の悪い人」グループの差を集めたりすればよい。
だがしかし、そもそも「運のいい人」「運の悪い人」なんて非科学的な存在をどう扱えばいいのか。普通はそこで途方に暮れてしまうのだが、博士のやりかたはシンプルだった。単純に、「あなたは自分が幸運な人間と思うか不運な人間と思うか」でカテゴリー分けしたのである(詳しくは上掲書 p.45-46)。
だから厳密には、ワイズマン博士のいう「運のいい人」は「自分が幸運だと思う人」であり、「運が悪い人」は「自分が不運だと思う人」である。
研究にはとっかかりが必要だから、定義づけさえはっきりしておけばひとまずはそれでいいのだ。
次に博士は「運がいい人」は「運が悪い人」よりも予知能力みたいなものがあるのではないかと仮説を立て実証した。
イギリス全土の「運がいい人」と「運が悪い人」に、宝くじの当たり数字を予想してもらったのだ。実験に用いられた宝くじは1から49までの数字を6つ選んで当てるタイプのもので、もし「運がいい人」=予知能力がある人であるならば、全英「運のいい人」グループが選んだ数字は当たりやすいはずだ。結果は見事に大外れ。「運のいい人」グループが選んだ数字も、「運が悪い人」グループが選んだ数字も、当選率は大差なかった。
「運がいい」とは予知能力ではなさそうだ。そう簡単にスーパーナチュラルなことは起こらない。
ワイズマン博士はいろんな実験をしている。
興味深い実験の一つが喫茶店で行われたものだ。
喫茶店の入り口の路上に5ポンド札を置き、店内のテーブルにはビジネスに成功した実業家役の人を仕込んでおく。隠しカメラも忍ばせて、「運がいい人」と「運が悪い人」をその喫茶店に呼んで、二人の行動を観察するのだ。
「運がいい人」代表のマーティンはその喫茶店に近づくなり入口に落ちている5ポンド札に気づいた。「ラッキー」とでも言わんばかりに5ポンド札を拾って店に入る。
マーティンはコーヒーを頼んで席につくと、何分もしないうちに隣の席の実業家(役の人)に話しかけて簡単な自己紹介をして、コーヒーをおごるよと申し出たのだ。二人はしばし会話を楽しんだ。
「運が悪い人」代表のブレンダの行動はまったく違った。
ブレンダはうつろな目をして喫茶店に入ってきた。路上に置かれた5ポンド札には気づかないままだった。コーヒーを頼んで席についたブレンダは、誰とも話そうとはせずじっとワイズマン博士が来るのを待っているだけだった。
同じ数十分の間に、マーティンは5ポンドを拾い、成功した実業家と会話を楽しんだ。もしこれが実験ではなく実生活ならその実業家から大きな仕事のオファーが得られるかもしれない。
一方、ブレンダには何も起こらなかった。二人の差は何だろう?
「運のいい人」は目の前の5ポンド札に気づくが、「運の悪い人」は気づかない。
「運のいい人」は周囲にオープンだが、「運の悪い人」は自分の中に閉じこもる。
注意力と開放性は、「運のいい人」の特徴なのだ。
例えば「運がいい人」の民話『わらしべ長者』でも、主人公は注意力があるからこそ道に落ちているわらしべを拾うことができた。外向的で開放的だからわらしべを次々に良いものに変えられて、最後は屋敷を手に入れたわけである。
実際、「開放性」は大きなキーワードだ。
心理的傾向を調べると、「運のいい人」は外交的で、リラックスしており、オープンな傾向にあるという(p.59-109)。
考えてみると、「運がいい人」が外に対して開いているというのは論理的である。
「運」というのは自分の外からやってくる。自分の内側にあるものは実力だったり体力だったり、とにかく「運」ではない。自分以外の外部要素で何かことが成し遂げられたとき、人はそれを「運」と呼ぶ。
だから外に対して開いている人には「運」が舞い込むし、閉じている人には「運」はやってこない。
ワイズマン博士の研究でも、「運がいい人」(厳密には自分が幸運の持ち主と思っている人、だが)は友人・知人のネットワークが広いという。友人・知人のネットワークが広ければ、それだけ「いい話」が転がりこむ可能性が高いわけだ。
少しだけ脱線すると、この話は人間性についてちょっとした希望を抱かせる。
もし人間が邪悪な存在ならば、他者とつながっていればいるほどマイナスな出来事が転がりこむだろう。しかし他者とのつながりが多い人ほど「運がいい」となると、他者がもたらすものはマイナスよりプラスが多いということになるはずだ。
つまり、総じて人間というものはよいものだ、ということにならないだろうか。
まあマイナスばかりもたらす人もいますけどね。
ワイズマン博士は最終的に、「運のいい人の法則」として下記の4つを挙げた。
法則1.チャンスを最大限に広げる
法則2.虫の知らせを聞き逃さない
法則3.幸運を期待する
法則4.不運を幸運に変える
法則1は初めのほうに述べたように、外からやってくる「運」に対しオープンであるということや、目の前にあるチャンスを見逃さない、試行錯誤する、などのことだ。
調査の中で出会った「宝くじや懸賞に何度も当たっている」人は、単に他人の何十倍も懸賞に応募しているだけのことだったという。試行回数の問題なのだ。
法則2は、勘や虫の知らせというのは成功パターン・失敗パターンを意識下で認識(語義矛盾だが)している表れだから無視するな、みたいな話である。
この「虫の知らせ」というものは、おそらくリスボン生まれの心理学者アントニオ・R・ダマシオのいう「ソマティック・マーカー仮説」(『デカルトの誤り』ちくま学芸文庫 2010年 p.259-311など)で説明(というかこじつけ)できると思う。ソマティック・マーカー仮説とは、人間はなにか選択をするときに、悪いチョイスをしようとすると不快な身体感覚を感じるようにできていて、その結果、無数の選択肢を絞り込むことができる、というような仮説だ。ワイズマン博士の「虫の知らせ」と近藤真理恵氏の「ときめき」を「ソマティック・マーカー仮説」にこじつけた文章をそのうち書いてみたいと思っているが、それはまた別の機会に。
法則3は、「運のいい人」ほど粘り強く物事に取り組むということで、自分は幸運だからきっとうまく行く、という信念がその源泉だという。
「運のいい人」、エリックはこんなことをワイズマン博士に語っている。
<自分の運は、心がまえで決まる。家にこもって何もしなければ、何も起こらない。でも、外に出て自分がやりたいことのために頑張れば、運のほうが僕を見つけてくれる。僕は、自分は運がいいと本気で信じている。少し不安になるときもあるけれど、すべてうまくいくとわかっている。どんな問題が起こっても後退するのではなく、何か方法があるはずだと考えれば、ささやかな幸運が背中を押してくれる。>(上掲書 p.179)
法則4は、悪い出来事からも何か教訓を得ようという姿勢が大事みたいな話。
「運のいい人」の一人であり、若いころに悪事を働いたが更生した社会人大学生ジョセフはこんなふうに博士に言った。
<二〇代のころは二人の仲間とつるんで、窃盗などを繰り返していた。ある夜、僕らはオフィスビルに忍び込んだ。僕はビルの屋上に行ったが、どういうわけか、急に高いところが怖くなった。警報ベルが鳴ってほかの二人は逃げたけれど、僕は足がすくんで動けなかった。気がつくと、警官が来て逮捕されていた。裁判では四カ月の懲役を言い渡された。僕が刑務所にいるあいだに仲間の二人は別の犯罪を企てたが、銃を持って逃げていた指名手配犯と間違えられて、現場に駆けつけた警官に撃たれてしまった。一人は重傷を負って生涯、車椅子の生活らしい。もう一人は死んだ。僕が刑務所にいたことは、人生でいちばん運がいい出来事だったのだろう。>(上掲書 p.218-219。下線は筆者)
こんなふうに、ワイズマン博士の「運のいい人の法則」では一切超自然的な話は出てこない。非常に合理的かつ論理的で、そういうのが好きな人にはお勧めです。
(『カエル先生・高橋宏和ブログ』http://www.hirokatz.jp 2017年3月23日より加筆・転載。)














