氷上前校長による、92卒同期会「授業」
2017年9月23日、銀座クラシックホールにて行われた92卒の卒業25周年の同期会。その同期会には平秀明校長はじめ、たくさんの先生方にご参加いただきました。
卒業25周年ということで、何か少し特別なことを仕込もう、という幹事たちの計画で、2003年から2013年まで校長を務められた氷上信廣先生に一授業という形でお話しいただこうということになりました。麻布OBの多くがご存じの通り、氷上前校長は1963年卒の麻布OBであり、1974年から麻布学園社会科教師になられ、「公民」「倫理」などの教科を担当されていました。
で、なぜ今、氷上さんの授業なのか?
在学時代、みんなほとんど氷上先生の授業を理解できていなかったという意見が幹事の中で沸き起こり(?)、それなら、俺らも25年経って大人になったし、そろそろわかるんじゃないの?(笑)との意見が上がり、登壇いただくことになりました。
乾杯を平秀明校長に
麻布高校卒業25周年同期会は本当にたくさんの先生方にお越しいただきました。
平校長の乾杯で盛り上がり、校長として麻布OBの同期会にかなりの頻度で参加していて、僕らよりもかなり上の代のOBも皆元気であることを教えていただきました。
氷上先生の講義中は皆、静かに聞き入っていて、みんなこんなに真面目に聞いてたっけ?(笑)という感じでしたが、お話しいただいた内容を後日、氷上先生から寄稿いただきましたので、麻布流儀にて公開いたします。
「感性・感受性について」
92卒同期会「授業」氷上信廣 2017.9.23
皆さんこんにちは、お久しぶりです。
幹事の方から、何かためになること、たとえば、むかし高校生の時に聞いた「授業」のようなものを15分ばかりやれと言われました。みなさまの「ためになる」かどうか、15分で「授業」ができるかどうか、はなはだ心もとなく思いますが、まあやってみましょう。
さて、みなさまは麻布学園を卒業されて、今、社会にあり、現役バリバリの活躍をされているわけです。ところで、どうでしょう、何か麻布を卒業されてしみじみよかった、と思うことはおありでしょうか。私は、麻布を卒業して麻布の教師をして、最後は校長までして、麻布と共にあること実に45年間、しみじみよかった、と思っています。そして、感謝の思いでいっぱいになることがあります。
40年も前のことですが、当時の麻布生つまり18歳の少年が味わい深いコトバを残して卒業して行きました。それは、「灰色の花束を両腕いっぱいに抱えて、いまぼくは麻布を卒業していきます」。というものでした。「灰色の花束をいっぱい抱えて」とは――なんという冷静な感性でしょう。自らを祝福する花束を素直に喜ぶ気持ちと同時に、一方その花は灰色だと、後悔とも負い目ともとれる「灰色」というコトバ。そこには皮肉でも、捨て台詞でもない、冷静に自分を見つめる感性のコトバがあります。私はいまだにこのコトバを忘れません。というか麻布で教壇に立っている間、胸に響いていました。この少年に出会ったのは、私が麻布に赴任して間もないころのことでした。自分はこれから麻布で、このような感性・感受性を持つ少年を相手にしていくのだと、心地よい緊張を覚えたのを思い出します。侮るなかれ麻布、侮るなかれ少年、ということでしょうか。このコトバは、新米教師にある誇りと、励ましを与えてくれました。そして、なによりなことに、麻布が前にもまして好きになりました。
ちなみにこの卒業生は昭和51年卒の渥美哲さんと言って、あなた方が高三だった時に八王子セミナーハウスに来て話をしてくれたあの方です。八王子の当時は新進気鋭のNHKの放送記者でした。その後、論説委員や鹿児島支局長を経て、今では中央にあって、さらにエライひとになっているようです。最近便りはありませんが、昔と変わらず、若い人と一緒に、誠実にいいお仕事をしているに違いないと思っています。
さて、私が、倫理の教師として、生徒に読ませる本が、ソクラテスやマルクスと並んで、サリンジャーの『ライ麦畑でつかまえて』だったり、ルソーの『エミール』だったり、倫理とは三角関係の問題だとの自説をおもちの国語科の先生をお呼びして、夏目漱石の話をしてもらったりしたのには、いささか根拠があります。倫理とか、道徳は、感性・感受性の問題です。社会的な規範や、人としてどう生きるかを考えさせる教育が、中高等学校にあっては、哲学や思想ではなく、まず文学や芸術にある、というのが私の確信なのです。
麻布という学校は、先刻ご承知の通り、相当でたらめな学校です。生徒の勝手な言動を放置しておくだけではなく、世間では進学校として評価されていながら、進路指導ということには興味がないかのような無指導ぶりです。私は校長を10年務めましたが、生徒の無軌道ぶりにはずいぶん悩まされました。しかし、これが麻布だ、無軌道には無指導をもって立ち向かう、これこそ麻布流の道徳教育だと、毎日、兜の緒というか頭の「ヒモ」を締めなおして、ひそかに覚悟を固めていたものです。無軌道的な事件は毎日のようにおきましたから、それはストレスがたまります。校長は病気にもなります。
しかし、いくら無指導といっても、野放しというわけではない、人様に迷惑をかけてはいけない、まして心身を問わず、他人に傷を負わせるようなことは許さない、そのぐらいの指導はありました。この辺が自由と自主自立を旗印にしている麻布としてはいちばん難しく、悩ましいところです。しかし、悩ましくない教育など、クソ喰らえです。
さて、私が倫理の授業のなかで、みなさんに、とりわけ身を入れて語った哲学・思想が、思いかえせば二つあります。サルトルと、シュヴァイツァーのそれです。この二人は、くしも遠い親戚関係にあるそうですが、その思想と哲学はほとんど対極にあります。余談ですが、サルトルはノーベル文学賞の受賞を拒否しましたが、シュヴァイツァーは、ノーベル平和賞をふつうに受賞しました。
まず、「実存は本質に先立つ」と説くサルトルのいわゆる実存哲学です。彼の説くところによれば、人間はほんらい「無」的な存在なのだそうです。彼は、人はそもそもなにもせずにうずくまっている石やカリフラワーのようなものだというのです。この、人は「無」的存在であるという認識、これが肝要、とサルトルは『嘔吐』という小説で、世に問いました。私はこの退屈極まりない思想小説が好きで、若いころ何回も読み、生徒にも勧めましたが、読んだという生徒はついに現われませんでした。
サルトルの、人は「無」的存在だ、に続く主張はこうです。人が、人間であろうとすれば、世界のなかにあって、あくまでも主体的に、あくまでも自らの意思で、自由に決断し、行動しなければならない。社会的慣習や、歴史的束縛にとらわれずに、主体的に決断し行動すること、言ってみれば、高い崖の縁から、大海に向かって身を投げること、このことによって人ははじめて石やカリフラワー的存在を脱して、「人間」になることができるのだ、と言うのです。
主体性こそ真理だ、と言ったのは19世紀の宗教思想家キルケゴールでしたが、サルトルはまさにその主体性の自由な発揮のなかに人間性を見るのです。実存主義こそ真の人間主義(ヒューマニズム)だというわけです。
全体として、サルトルの実存哲学は、自我のアイデンティティに悩む年頃の高校生たちには力強い示唆を与える哲学。また自由の旗印のもとにできるだけ人間らしくあろうとする、わが麻布学園の教育方針を裏づけ、励ます哲学――などと、教師になりたての、若く血気盛んな私には、いたく胸に響くものがあったのです。これだ、という思いがあって、授業には熱が入りました。しかし、しばらくして、問題も感じるようになりました。
サルトルは、「人は自由の刑に処せられている」と言いました。また、「人は逃げ口上もなく孤独である」とも言いました。けだしどちらも名言と言わねばなりません。そして、論理的必然としてサルトルは、自由な主体性の発揮によってひき起こる結果の責任は、他のだれかに帰することはできない、自ら負うものだ、と言っています。思いがけない不幸な結果も、孤独の内に、主体的に決断した本人自身が引き受けなければならない、ということです。
私がやがて感じた、サルトルの実存哲学の問題とは、極端な主体性の強調にあるというより、その論理的合理性にあります。サルトルは、近代を基礎づけたといわれるデカルト以来の合理主義哲学の流れの中にあって、「コギト」(考える私・唯一絶対的自我)から出発し、コギトに帰っていきます。サルトルの「私」は、論理的かつ合理的に考える、他から孤絶した「私」です。ある意味いさぎよい哲学です。特に、因習や、世間や、常識に懐疑的な青年にとって、あるいは周囲に流されずに、真面目に自己を確立しようと懊悩する青年にとって、これほど魅力的な哲学はありません。しかし――何か変だ。
もうお分かりかと思いますが、人間は、合理や理性だけで生きているわけではない。とりわけ、現実の世界や社会のなかにあって、人はどう生きるべきか、人は何を為すべきか、を考える「倫理」の世界は、人間を根源的に突き動かす「何か」に訴え、その素朴な「何か」に拠られなければ力を持たない。根拠は、「コギト」(私は考える)ではなく、子どもでもわかる(子どもだからこそわかると言ってもいいかもしれません)「何か」でなければならない。しかしその「何か」とは何か。
私の、サルトル哲学に対する疑問は、どんどん膨れあがり、やがて漠としたものではありますが、一つの結論に達しました。それは、倫理の拠って立つ根拠「何か」とは、近代があれほど排除し、警戒し、封じ込めてきた、かの神秘主義=感性・感受性の世界のなかにあるのではないのか、という思いでした。
そういうなかで、私が行き会ったのが、アルベルト・シュヴァイツアーという人の、「生への畏敬」の哲学だったのです。
この人の話をすると長くなります。(もう残り時間がわずかしかありません)。で、手短にいえばシュヴァイツァーの「生への畏敬」の哲学は、彼自身が言うように、神秘主義の哲学です。私のコトバに直せば、感性・感受性の哲学です。
われわれ人間は、「生きようとする生命に取り囲まれた、生きようとする生命である」、とシュヴァイツァーは言います。
この人間存在の認識は、サルトルの、人は「無」的な存在だ、というのと違って、素朴な事実として、素朴にうなづけます。そして、「生への畏敬」の哲学はつづけます。
「わたしの生きようとする意志のなかには、生き続けようとするあこがれがあって快楽と呼ばれ、生きようとする意志の破壊と損傷に対する恐怖があって苦痛と呼ばれる」と。
これもうなづけます。自分というものを虚心に顧みれば、「生き続けたい」という思いと、「傷つくのは嫌だ(死ぬのは嫌だ)」という思いは、だれの胸中にも素朴にあるからです。
そしてここからです。彼の哲学が倫理哲学として自他ともに認める神秘主義だ、というのは。
「わたしを取り巻く、生きようとする意志のなかにも、(この苦痛と快楽は)存在する」と。
微妙ですが、私たちの、感性・感受性はうなづきます。微妙といのは、ゴキブリが何を考えているか、いかなる意志を持っているか、私たちには厳密には分からないからです。しかし、人間という生命の直感=感性・感受性は、ゴキブリが餌を求めてうろつき、危険を察知して逃げ回っているのを見れば、何とか生き続けたい、叩きつぶされるのは嫌だ、という意志のようなものは感受できる。頭ではなく、私たちのなかの感性・感受性がうなづきます。シュヴァイツァーは、(シュヴァイツァーが別にゴキブリを例に挙げているわけではありませんが)、忌み嫌われるゴキブリのなかにも「生きようとする意志」が見て取れる、さらに広げて考えれば、動物、植物の区別なく、言葉を発しようが発しまいが、およそ生き物と呼ばれるものには、「生きようとする意志」があるだろうというのです。そう感得するのは、コギト(考える私)ではありません。私たちのなかの、神秘主義=感性・感受性です。
「やれ打つな 蠅が手をする足をする」(一茶)という句を思い出します。
なぜこの句が,名句として広く世間に知れ渡っているのでしょうか。言うまでもありません。それは、この句が、人の感性・感受性に訴える句、つまり子どもでもわかる「何か」に訴えている句だからです。
シュヴァイツァーの「生への畏敬」の倫理のミソは、生きようとする生命体の、「意志」の感得にあります。そうして生きようとする意志を持つ生きとし生けるものへの畏敬にもとづいた人間の行動、(ここはサルトルと同じく)行動=行為が大事です。
シュヴァイツァーは、生きようとする「本能」とか、「機能」とか言わずに、生きようとする「意志」と言います。なぜでしょう。それは、倫理とは、人間の行為であり、行為は意志にもとづくものだからです。人間の生きようとする意志が、生命体の生きようとする意志を感得し、共鳴した時に、倫理的な行為が生まれます。シュヴァイツアーの結論はこうです。
「倫理は、わたしが、自己の生に対すると同様な生への畏敬をすべての生きようとする意志にささげたいという要求を体験することある。」
「これによって道徳の根本原理はあたえられたのである。すなわち生を保持し、生を促進するのは善であり、生を破壊、生を阻害するのは悪である。」と。
麻布で授業をしたおかげで、私は、古今東西の倫理思想に出会うことができました。いわば、世界の歴史的英知に触れることができました。そして、さいわいなことに、シュヴァイツァーの分かりやすい、善と悪の基準に出会うことができました。さらに、倫理とは感性=感受性にもとづく行為であり、実践であるという教えに接することができました。
シュヴァイツァーの「生への畏敬」の哲学には、様々な批判があります。弱肉強食の世界をどう見るか。人間は動植物という生命を糧として生きているではないか。シュヴァイツァーは、治療を旨とする医者ですから、日々細菌という生き物と闘い、これを殺傷している、また、実験のため、小動物を死にいたらしめている、この矛盾をどう説明するのか。さまざまな疑問はすぐ湧きあがってきます。シュヴァイツァーの「生の畏敬」の哲学に対するこれらの疑問を解く鍵は、つまるところ――世界観と、人生観を一致させようとするところに誤りがある。倫理とは、むしろ両者が対立するところから始まる――との主張にあります。しかしこれを話しはじめると長くなるので端折ります。ここでは、シュヴァイツァー哲学における神秘主義をお伝えすることでよしとしましょう。彼は、論理=ロゴスを否定するわけではありません。思索=論理というものはギリギリ突き詰めていくと、最後は神秘的な体験の世界に入るのだ、と言っているのです。
シュヴァイツァーは、倫理的確信や道徳の原理こそこの混迷した世界を救う鍵だと言います。彼は1965年にその生涯を閉じました。しかし、彼の倫理思想は、ますます混迷を深める今日の世界にあって、希望の哲学として、なおその光芒を失っていないと私は思っています。
みなさんは、それぞれの職業を持って、社会の最前線で頑張っていらっしゃる。あるいは子育てに忙しくしていらっしゃる。そうしたなかで、麻布学園時代を思い出すことがあるかもしれない。私が言いたかったことは、今はなくなったかも知れない感性、今はかさぶたに覆われてしまったかもしれない感受性。一言でいえば、「灰色の花束」の感性・感受性。そうしたもののなかにこそ実はこれからの人生を導くものがある、仕事をつづけていく原動力がある、後世に伝えていく宝があるということです。私たち個別の人生だけではない、世界や人類を導くものがあると、たとえば私の出会ったシュヴァイツァーの哲学は教えてくれています。「感傷的と言われることを恐れない」――「生への畏敬」の哲学を述べた文章の中になにげなくおかれた、このコトバは今日でも私の耳朶に強くのこっています。
論理も大事です。科学ももちろん大事です。しかし、みなさまに、声を大にして言いたいことは、サルトルではありませんが、常識を疑い、世間を疑い、自己のアイデンティティを求めて懊悩したあの若き時代の感性・感受性を忘れないでください、そう、「よみがえれ、麻布時代の感性・感受性!」です。
私はみなさんに会えてよかった。あえて言えば、「少年時代」のみなさんに会えてよかった。感性・感受性がキラキラまぶしいように輝いていたみなさんを知ることができてよかった。しみじみ思います。
以上、まことにつたない「授業」を終わります。ご静聴ありがとうございました。
(以上、授業部分は氷上先生からいただきました文章のままです)
氷上前校長、ありがとうございました。
氷上先生の授業を卒業25年経った今、果たしてみんなどれくらい理解できたかはわかりませんが(笑)、ぜひとも何度も読み返してみたいものです。平秀明校長並びに列席の先生方、まことにありがとうございました。
氷上先生の講義の後、麻布流儀についてもこの同期会の場で説明を行いました。先生方と、麻布OBの健康を祈願し同期会はお開きとなりました。