フランス人D君の教えてくれた日本人、ヨーロッパ人、アメリカ人の違い-HowとWhyとHow much仮説(後編)
(写真:photo ACより)
知人のフランス人D君があるときこんなことを言った。「なにかをやるとき、ヨーロッパ人がこだわるのはwhyだが、日本人はhowにこだわる。そしてアメリカ人が最もこだわるのがhow muchだ」。
たいへん面白い指摘で、このことについてずっと考えている。
アメリカ人のこだわるHow muchは、摩天楼や、ビル・ゲイツやザッカーバーグ、持てる1%と持たざる99%に行きつく。
ヨーロッパ人のWhyは、明証、分析、総合、枚挙の四原則によって<ワレ惟(おも)ウ、故ニワレ在リ>(デカルト『方法序説』 岩波文庫 p.46)に至り、同時に、不完全な自分なのに完全性が分かるのは、完全な者がその概念を与えたはずだ、だから完全なる者=神が存在するのだ(同書 p.49)、というところに辿りつく。
それでは、我らがhow、「どのように」はどこへ到達するのだろう。
言い換えると、「どのように」の集積である「道」はどこへ向かうのだろうか。
一つの答えは、どこへも辿りつかない、というものだ。
すなわち、「どのように」=「道」の永遠の追求自体が目的地であり、なんらかの定常状態にはいつまで経っても落ち着かないのかもしれない。それはあたかも永遠に0に近づき続ける漸近線の如く、理想形や完全体に永遠に近づき続けるが達しないムーブメントだ。究極の真・善・美を求め続ける旅そのものが、日本の求道者の願いなのかもしれない。
俳句の道を求め続けた芭蕉の生涯最後の句は、「旅に病んで夢は枯野をかけめぐる」だった。
「道」はどこにたどりつくかのもう一つの答えは、「無」だ。
中島敦の短編、『名人伝』は弓の道を究めた男、紀昌(きしょう)の話である。
紀昌は名人、飛影(ひえい)に弟子入りし、何年もの修行の末に百発百中の名人となる。速射をすれば的中した矢の後ろに次の矢が刺さり、落ちる間もなくその次の矢が刺さる。次々と速射して百本の矢がまるで一本の矢のように連なり、的と弓を一直線につなぐほどの腕前となる。
もはや師、飛影も恐るるに足らずと思った紀昌は、さらにすごい老師がいると聞き、西へ旅立った。
山奥で、百歳を超えるよぼよぼの老師は言う。お前のはしょせん射之射(しゃのしゃ)だ、大事なのは不射之射(ふしゃのしゃ)だ。
そういって老師はなにも持っていない手に見えない弓を持ち見えない矢をつがえ、空高く飛ぶ鳥を射落とした。
弓の道を究めた老師には、もはや弓も矢も要らないのだ。
話はそれで終わらない。
老師のもとで9年間修行し山を降りたとき、紀昌はすっかり変わってしまっていた。
<以前の負けず嫌いな精悍な面魂は何処かに影をひそめ、何の表情も無い、木偶の如く愚者の如き容貌に変わっている>(中島敦 『李陵・山月記』 新潮文庫 p.30)のだ。それだけではなく、並ぶもののない名人になったはずの紀昌は、いつまで経っても弓を射ろうとしない。
それどころか、友人の家に置いてある弓と矢を見て、心底不思議そうに聞く。「これはなにをする道具だ」、と。とうとう死ぬまで紀昌は弓を射ることはなかった。
弓の道を究めに究めたその先が、弓も矢も忘れ去り、ただただ無為。
面白いことに、『名人伝』のモチーフの中国の古典の列子の湯問編、少なくとも手持ちの本では、山奥の老師の不射之射の話も、弓道を究めつくした紀昌が弓も矢も忘れ去る話は出てこない。たんに紀昌が師の飛衛を殺そうとするが互角で叶わず、互いを認め合って親子の契りを交わす話だ(列子では飛「影」ではなく、飛「衛」表記。『中国の古典⑥ 老子・列子』徳間書店 p.237-8)。
『名人伝』の後半部が中島敦のまったくのオリジナルなのか、ほかの古典に似た話があるのかはわからないが、「道」を究めつくした先が「道」そのものを忘れ去り、「道」の先には「無」がある、という感覚は、なんとはなしに日本人にはしっくりくる。
似た例として、会田雄次は、大山巌元帥や、西郷隆盛の話を挙げている。
誰よりも砲術の「道」を究めた大山巌元帥が激戦中に、「大砲ってのは、上に向くほど遠くに行くのかな」と部下に尋ねた、という(会田雄次 『日本人の意識構造』 講談社現代新書 p.70-72)。
また、西郷隆盛と言えば上野の銅像の朴訥としたイメージだが、よくよく考えると実は彼は明治のスーパーエリートだ。
<その彼の全努力が、ぼけることに傾注され、あの茫洋たる大南洲翁が出現したとき、国民の敬慕が集中したのだ>(同書 p.88)。
ここでも、「道」を追求しつくした先には「道」すら忘れて「無」となるのがよい、という日本人のある種のフィーリングを感じることが出来る。
How=「道」を究めた先にはただ「無」がある。それはけっして消極的な「無」ではないのだろう。
「道」は長く曲がりくねっているが、「道」を究めきって関所を越えたときには、東西南北に活路が開け、なににも捕らわれることのない自由自在、天衣無縫の積極的な「無」があるのではないか。「道」の一つ、茶道では、所作の一つ一つがこと細かに決まっているが、茶道の祖、利休は「茶の湯とは ただ湯をわかし 茶をたてて のむばかりなる 事と知るべし」という言葉を残している(千宗室・千玄室 監修 『裏千家茶道』 今日庵発行 p.40)。
仮説に基づき、今度はアメリカ人について考える。アメリカ人がhow muchにこだわるようになった理由は、比較的想像しやすい。
旧大陸から渡ってきた開拓者たちにとって、細かい理屈はどうでもよかった。荒地を耕し農作物を育て、とにかく目の前の課題を解決していくしかなかった開拓者たちにとっては、理由もプロセスもいらない、結果がすべてだった。どんな手を使ってでも結果を出し続けなければ、フロンティアでは生きていけなかったはずだ。
また、アメリカは「人種のサラダボウル」と言われる多民族国家だ。文化的ルーツの異なるエスニックグループ同士、それぞれ行動の理由や様式は違い、その違いを埋めるには途方もない労力が必要だろう。
しかし、理由やプロセスは千差万別であっても、結果は誰の目にも見えやすい。各エスニックグループ間の調整をするときに、共通のものさしとしていちばん使いやすかったのが結果=how muchの価値観だったのではないだろうか。
アメリカ的な考え方を一言で表す言葉は「プラグマティック」だ。
<プラグマティックな方法なるものは、(略)定位の態度であるに過ぎない。すなわち、最初のもの、原理、「範疇」、仮想的必然性から顔をそむけて、最後のもの、結実、帰結、事実に向おうとする態度なのである。>(W.ジェイムズ『プラグマティズム』岩波文庫 1957年 p.46)
原理や規範がそれぞれ違う多民族国家をうまく運営するには、万人が見て納得する結果を共通の価値観とするのが手っ取り早かったのであろう。
さて、それではヨーロッパ人がwhyにこだわるようになったのは如何なる理由があったのか、想像の翼を広げたい。
和辻哲郎は、人間の行動様式に影響を与えるものとして「風土」に着目した(和辻哲郎『風土―人間学的考察』 岩波文庫 kindle版)。和辻は、ヨーロッパの風土の特徴を、「牧場」と呼ぶ(上掲書1178/4865)。ヨーロッパの風土は、湿潤と乾燥との総合だと指摘する。ヨーロッパの風土では、夏は乾燥期であり、冬は雨期だ(と和辻は述べている)。
乾燥した夏は、日本のような雑草をもたらさない。<しかるにヨーロッパにおいては、ちょうどこの雑草との戦いが不必要なのである。土地は一度開墾せられればいつまでも従順な土地として人間に従っている。隙を見て自ら荒蕪地に転化するということがない。だから農業労働には自然との戦いという契機が欠けている>(上掲書1356/4865)
ヨーロッパでは一度耕した土地は荒れ果てることなく、耕されたままである。かつてスペインの海沿いを鉄道で旅したことがあったが、車窓から見られる植生の単調さに驚いた。どこまで行っても見えるのはアーモンドかオリーブの木のみ。
(和辻の説によれば)ヨーロッパでは自然は単純で従順だ。そうした単純な気候風土では因果関係が見えやすい。
<すなわち自然が暴威を振るわないところでは自然は合理的な姿に己れを現わして来る。
(略)人は自然の中から容易に規則を見いだすことができる。そうしてこの規則に従って自然に臨むと、自然はますます従順になる。このことが人間をしてさらに自然の中に規則を探求せしめるのである。かく見ればヨーロッパの自然科学がまさしく牧場的風土の産物であることも容易に理解せられるであろう。>(上掲書 1435/4865)
こうしてヨーロッパの単調で従順な風土から合理主義が生まれ、因果関係、特に因=whyにこだわる文化が生まれたのではないか。
ヨーロッパの風土が「牧場」だとすると、日本の風土は「モンスーン的」であると和辻は述べる。そしてモンスーン的風土は、人間を受容的・忍従的にする。さらに日本人の性格に影響を与えたのは台風の存在だ。
台風の特徴は、突発的で猛烈であるということだ。21世紀の今でさえ台風の発生と進路を予想するのは難しく、どんなに人間ががんばっても台風の被害は出る。なぜ=why台風が起こるかなどと考えても無益だし、台風に抗っても結果は常に人間の負けだ。考えて意味があるのはただ、台風という突発的猛威のなかどのように=how身を処するかだけだ。
昔から、「地震・雷・火事・親父」という。地震も雷も火事も親父の怒りもすべて、突発的に起こる。起こってしまう理由を考えても仕方がないし、起こったときにどう対処するかを追求するしかない事態ばかりだ。そんな風土の中、日本人はwhyでもなくhow muchでもなく、howにこだわるようになっていったのではないだろうか。
昔フランス人D君が言った「ヨーロッパ人はなぜ=why、アメリカ人はなんぼ=how much、日本人はどのように=howにこだわる」というテーマについてここまで考えてきた。
考えれば考えるほど興味深いテーマだ。
これからもこのテーマについて考え続け、手作り感覚のできるだけ丁寧なやり方でまじめにがんばってこのテーマにこだわっていきたいと思う。
そもそもなぜ、そんなにこだわるのかって?そんなことは知らない。なぜなんてことは、ヨーロッパ人に聞いていただきたい。
(『カエル先生・高橋宏和ブログ』http://www.hirokatz.jp 2016年5月10,13日より加筆・転載。)
フランス人D君の教えてくれた日本人、ヨーロッパ人、アメリカ人の違い-HowとWhyとHow much仮説(前編)
なにか仕事をやるときによく思い出すのが昔聞いた、フランス出身のD君の言葉だ。D君はフランス生まれで、日本と日本語に精通している大変に優秀な人物である。
D君いわく、
「なにかをやるとき、ヨーロッパ人がこだわるのはwhyだが、日本人はhowにこだわる。そしてアメリカ人が最もこだわるのはhow muchだ」。
アメリカ人のこだわるhow muchが、単に「どれくらい」という量的な意味なのか、それとも「いくら」という金銭的な意味なのかは確認し損ねたが、D君の指摘には非常に考えさせられた。
仕事にとりかかるとき、日本人はHow=「どのようにやればよいか」ということは割合うるさく確認するが、「なぜその仕事をやるか、やらなければならないか」というところは結構あっさりしている。
日本人にとって「ひとはどのように生きるべきか」という問いかけはとても琴線に触れるが、「ひとはなぜ生きるか」と問われてもピンとこない。茶道や華道など、いわゆる「道」はいってみればhow、どのようにの結晶だし、出版不況のなかでもhow toものはよく売れるそうだ。
それに対しヨーロッパでは「ひとはなぜ生きるのか」「なぜその仕事をしなければいけないか」流のwhyの問いかけが古来より盛んである。たとえば大正末に来日し弓道を学んだドイツ人オイゲン・ヘリゲルの「日本の弓術」(岩波新書)という本も、why、why、whyのオンパレードだ。
そしていうまでもなく、アメリカではどれだけ稼いでいるか、winnerかloserかがなににもまして最も大事とされているように見える。
仮にそれぞれの文化のこだわりポイントがその通りだとして、これらはどれも一長一短で、なにが偉いというわけではない。
日本人はhow、どのようにやるかについてのこだわりが強すぎて、袋小路に入り込んでブレークスルーできないし、whyについてはあっさりしているので白洲次郎に「プリンシパルがない」と怒られる始末だ。
ヨーロッパ人はwhy、なぜの答えが出るまで動けないので、アクティブで気の短い連中は新大陸に飛び出していった。
そんな気の短い連中の作ったアメリカでは、how much、いくらもうかるのか、何万ドル稼げるかの追求に走りすぎた結果、1%と99%の対立を生んでしまった。ドナルド・トランプ大統領も、自分の支持率がどのくらいかのhow muchにはご執心だが、大統領としてどうふるまうかhowやなぜ自分が大統領であるべきかのwhyには無頓着だ。
HowとWhyとHow muchそれぞれへのこだわりに優劣はないとぼくは思うが、自分が所属している文化がどのような思考と志向と嗜好を持っているかを自覚するのは大事なことである。
この仮説の実証は難しいが、仮にこの仮説が正しいとするといろいろ納得のできることがある。
ヨーロッパがwhy=「なぜ」、アメリカがhow much=「なんぼ」、日本がhow=「どのように」にこだわるというのは、それぞれオリジン重視、アウトプット重視、プロセス重視と言い換えられる。
外から見ると、たしかにアメリカという国はアウトプットや結果がすべて、経過はともかく成果を上げなければ意味がない、という風潮があるように思える。
身近な例でいえば、「Hack」という考え方。
山形浩生によれば、Hackとはもともと斧やナタ、まさかりなんかでばさばさ切る、というイメージの言葉だそうだ。「雑な仕事」という意味もあるし、おおざっぱにぱっとやったものでもきっちり役に立つ仕事、という意味もあるという。
手間ひまかけた綿密な仕事ではなく、アイディア勝負でラフにぱぱっとやってもしっかり結果がでればOK、というノリが「Hack」という言葉にはある。
こうした結果オーライの「hack」は、実はアメリカの開拓者精神につながるものだという。
なにもない新世界で、開拓者が手持ちの道具でささっと必要なものをラフにつくって役立てる、という感覚で、「たぶん、ヨーロッパでは支持されにく考え方じゃないかな」と山形はいう。(『Hackについて―およびそこにあらわれた、哀れなAsshole野郎山形浩生の各種無知と愚かな物言い』より。原文は http://cruel.org/freeware/hack.html )
それに対し日本は「どのように」にこだわる国で、成果はともかくプロセスを重視する。
例を挙げればきりがなく、「手作りの味」(プロセスは手作りだが、うまいかまずいかは不明)、「心をこめたおもてなし」(心はこもっているが結果は不問)、「まじめにやれ!」(まじめにやれば成果は問わない)などなど、プロセス重視の物言いはぼくらの身の回りにあふれている。
どっちがいいかはケースバイケースで好きずきだが、思考のクセは無自覚のままだと弱点にもなる。行き過ぎた成果主義は不正も生むし、プロセスに拘泥すれば結果がおろそかになる。
「どのように」が「なんぼ」に負けた例として、日本の喫茶店がある。昔読んだ話だ。
その昔、ある外資系大手カフェチェーンが日本で事業展開を計画した。
事前調査で、日本にはすでに独自の喫茶店文化があり、全国津々浦々の喫茶店はどこもしっかりと顧客をつかんでいることがわかった。今更そんな国でコーヒーショップをチェーン展開しても成功はないんじゃないか、そう悲観的になったが、さらに調べると十分に勝算がありそうである。
実際に店を訪れると、日本の喫茶店のマスターはどこでもコーヒーにこだわりを持ち、豆のひき方、お湯の注ぎ方、など「どのように」コーヒーを入れるかは徹底的に研究していたが、どうも思ったほど美味くない。なぜならコーヒーの味は9割がた豆の鮮度で決まるのにも関わらず、何か月も船の倉庫の中で室温のまま置かれて輸入された豆をなんの疑問もなく仕入れ、残りの1割の「どのように」入れるかというところだけに血道をあげていたからだという。
かくして「なんぼ」の国のカフェチェーンは「どのように」への国の進出を決め、鮮度のよいコーヒー豆を厳密な品質管理で輸入し供給することで、市場を席巻していった。
個人の喫茶店主には限界があり、輸入時のコーヒー豆の保管状況が可変なものとは夢にも思わなかったという同情すべき点はあるが、「入れ方はどうあれ、コーヒーはうまくてなんぼ」という視点は乏しかったのかもしれない。
駆逐された喫茶店文化の轍を踏まないようにするには、こうした思考のクセを自覚し、「どのように」の泥沼から脱却することが肝要だ。そのためには時折、「なぜ」や「なんぼ」の視点を意識的に取り入れていくのがよいだろう。
会議などで「どのように」プロジェクトを進めるかで何時間も議論が錯綜し、みなの意識がもうろうとした時には、「そもそも『なぜ』このプロジェクトが始まったんでしたっけ」とか、「結局このプロジェクトは『なんぼ』の成果を上げればいいのだろう」などと疑問を投げかけることで、煮詰まった局面が打開されるかもしれない。
ここまで書いてきて、我ながら非常に強引で生煮えな話だなと思う。
しかしそれよりなにより最も深刻な問題は、オチが準備できていないことである。
こんなとき、どのようにオチにたどり着くか考えてしまうぼくはとても日本人的で、
もしこれがアメリカ人なら、そのオチでいったい何万ドル稼げるかが大事になるだろう。
そしてまた、もしぼくがヨーロッパ人であれば、そもそもなぜオチなんてものがこの世に必要なのかを徹底的に考え抜くことになるのかもしれない。
HowとWhyとHow much仮説、ぜひ皆様のご意見をお聞かせいただきたい。
(『カエル先生・高橋宏和ブログ』http://www.hirokatz.jp 2016年5月8,9日より加筆・転載。後半へ続く)
楽観主義と悲観主義
楽観主義者は悲観的であり、悲観主義者は楽観的である。前々から論じたいと思っていたテーマであり、十全に書き尽くせるかはわからないがやってみたい。
まず、自分の立ち位置を明確にしておく。僕自身は自分を楽観主義者として位置付ける。そのうえで、上記の楽観主義者は悲観的であり、悲観主義者は楽観的であるという命題を論じてみる。
楽観主義者と悲観主義者とは何か。
バーナード・ショーの定義によれば、『楽観主義者は半分だけ水が入ったコップを見て、「半分も入っている」と言う。悲観主義者は同じコップを見て、「半分しか入っていない」と述べる』。
楽観主義者の端くれとして言わせてもらえば、楽観主義の前提には諦めがある。
確かに楽観主義者は半分だけ水が入ったコップを見て「半分も入っている。ラッキー」と言う。しかしそれは楽観主義者が能天気だからではない。楽観主義者は、世の中が自分に対してなみなみと水がつがれたコップなど用意してくれるわけがない、とハナから諦めているのだ。
楽観主義者というものは、大前提として、何もしないで自分にコップいっぱいの水が与えられるなど期待していない。自分に与えられるのは空っぽのコップだと思っているからこそ、半分だけ水の入ったコップを見て「半分も入っている。ラッキー」と思うのだ。
それに対し悲観主義者はどうか。
悲観主義者は、世の中というものは自分にコップいっぱいの水を与えてくれて当たり前だと思っている。自分には無条件であふれんばかりの水が与えられると決め込んで待っている。
悲観主義者が持つ前提というのは、楽観主義者から見ればずいぶんと虫のいいものに見える。自分には無条件でコップいっぱいの水が与えられて当然と期待しているからこそ、「半分しか入っていない」と憤るのだ。
明石家さんまの座右の銘は「生きてるだけでまるもうけ」だと言う。
悲観主義者はそれを聞いていい気なもんだと笑い、気楽でいいやとあきれるだろう。しかし楽観主義者はそれを聞いて戦慄する。「生きてるだけでまるもうけ」ということは、「生きていられない」という状況が常に視野の中にあるということだ。
「生きていられない」こともありうると想定しているとは、この人はどれだけ地獄を見てきたのだ、もしかしてこの人は、むかし黒い悪魔だったのではないか、と。
悲観主義者は言う、「もうダメだ!」と。
楽観主義者は答える、「まあなんとかなるんじゃない?」と。
悲観主義者がそう簡単に絶望するのを見て、楽観主義者は驚く。絶望だって?絶望なんかしたら、一巻の終わりなのに。
野良犬は絶望しない。絶望した途端、すべては終わってしまう。
楽観主義者はピンチで笑う。泣くのがヤだから笑っちゃおう。笑ってなければ、前には進めないのだ。
<絶望するのは甘いからだ。絶望は、良家の子女の特権である>。
井上ひさしの『吉里吉里人』の中で、スピノザの言葉として引用されるセリフだ(中公クラシック版『エチカ』では、ドンピシャの箇所は見つけられなかった。詳しい方、教えてください)。
そんなわけで、常々ぼくは「楽観主義者は悲観的で、悲観主義者は楽観的だ」と思っているのだが、うまく書ききれたかどうかはやや不安である。
いつぞやそんな話をしたら、友人Aは言った。
「楽観と悲観は、相反するものではないかもしれないね」と。
玖保キリコのマンガに出てくる白熊の「オプチ」と黒熊の「ペシミ」のように、楽観と悲観はいつも二人三脚でやってくる。悲観主義の黒熊「ペシミ」が「もうダメだ」と言えば、楽観主義のシロクマ「オプチ」が「だいじょうぶさ」となぐさめる。
楽観主義者がそばで守ってくれるからこそ悲観主義者は悲観に酔いしれることができるし、悲観主義者がいるからこそ楽観主義者はより強くその楽観主義を表に押し出すことになる。
悲観と楽観が背中あわせのものであるにせよ、じゃあどちらの立場を取るのかと問われたらぼくは楽観主義を取ることにしよう。
古代ローマ人は言う。「Dum spiro spero.息しているなら希望を持とう」。
アラブ人は言う。「死んでいないやつには、まだチャンスがある」。
二太の姉、かのこは言う。「泣いたら世間がやさしゅうしてくれるかあっ。泣いてるヒマがあったら、笑ええっ!!」。
泣くのが嫌だから笑っている楽観主義者というのもいるのだ。
楽観主義者とは誰か。
戦いに敗れすべてが灰に帰しても、それでもなお「なんとかなるさ」と立ち上がった者だ。
楽観主義者とは誰か。
災害ですべてが瓦礫となっても、それでもなお「なんとかしよう」と自ら重機を動かし瓦礫を片づけ始める者のことだ。
楽観主義者とは誰か。
預言者と間違えられてゴルゴダの丘に張り付けになっても、それでもなお「Always Look on the Bright Side of Life.いつでも人生の明るい面だけ見よう」と口笛を吹ける者のことである。
まわりの人は言うだろう。「こんなにひどい状況なのに笑っているなんて、彼はなんて楽観的なんだろう。どうせダメだよ」と。
楽観主義者は知っている。
泣いても何も解決しないことを。
楽観主義者は知っている。
絶望したままの自分を生かしておいてくれるほど世界は優しくないということを。
楽観主義者は知っている。
苦しい時こそ無理して笑い、自らの足で一歩踏み出してこそ、はるかに遠い未来に一歩だけ近づくことができるのだということを。
未来は誰のものか。
何もしない完璧主義者、冷笑と批判をたくみにあやつる悲観主義者のものではない。
未来は誰のものか。
自ら立ち上がり、苦境と逆境の中、へたくそなジョークを飛ばして二ヤッと笑い、カラ元気と虚勢に裏打ちされたやけっぱちの精神で、「なんとかなるさ」と強がりつつ自ら動く楽観主義者のものだ。
楽観主義者たちよ立ち上がれ。
今こそともに宣言しよう、声高く。
「まあでも、なんとかなるんじゃない?」と。
なんてね。
(『カエル先生・高橋宏和ブログ』http://www.hirokatz.jp2015年10月20日より加筆・転載)
ビジネスマンの友に贈るそれでもなお「じっくり考える」ことを勧める4つのエピソード+1。あるいはできる人はなぜ考える時間を手離さないのか
現代社会はスピードが重視される時代だそうで、即断即決即レス即実行、インプットからアウトプットまでをいかに短縮するか、インプットした情報量をできるだけ減らさずアウトプットするかばかりが皆の関心事項だ。
だが、ブドウをとってすぐ作るボジョレー・ヌーボーの良さもあろうが、古酒(クースー)の味わいもある。
十何年もののウイスキーのように良質な環境で熟成されたアイディアが人を感動させ、世の中を動かすこともある。
インプットしてすぐアウトプットすることばかりが善ではない。
もちろん考え続けて熟成しているうちに失われるインプット情報もあるだろうが、それもまた天使の分け前だ。
私たちは、腰を据えて考える、じっくりどっぷり考えることの意義をもっともっと問わなければならないのではないだろうか。
小林秀雄は言う。
<考えるとは、合理的に考える事だ。(略)、物を考える人々の考え方を観察していると、どうやら、能率的に考える事が、合理的に考える事だと思い違いしているように思われるからだ。当人は考えている積りだが、実は考える手間を省いている。そんな光景が到る処に見える。物を考えるとは、物を掴んだら離さぬということだ。画家が、モデルを掴んだら得心の行くまで離さぬというのと同じ事だ。>(小林秀雄「良心」 『考えるヒント』kindle版より)
考えるには時間がかかる。
ニュートンが木からリンゴが落ちるのを目撃したのは1666年のことだが(ヴォルテール『哲学書簡・哲学辞典』中公クラシックスp.148)、彼が引力のアイディアを『プリンキピア』の形で世に問うたのはそれから21年後ことだ。
その間ニュートンはずーっと引力について考えていたのだ。変な人だ。
そんなことをブログに書いたら、スーパービジネスマンの友人から「じっくり考える」の「じっくり」ってのはどういう意味だと反論をもらった。
おかげでいろいろ面白い話を思い出したので、「そういう見方もあると勉強になった」となあなあで済ませず、あえて「じっくり考える」ことを勧めて議論と友情を深めたいと思う。
ぼく自身が生き馬の目を抜くビジネス界に身を置いているわけではないので引用中心になるが、何かしらの参考になれば幸いである。
現代人は常に決断を迫られている。
現代では決断は早いほどよく、インプットとアウトプットの間隔は短いほうが良いらしい。とうとう先日『ゼロ秒思考』なる言葉も目にした。
しかしながら時にはじっくり時間をかけて考え抜くことも大事ではないだろうか。
君は言うだろう。
考えている暇なんかない、あるいは考えてもそうでなくても結果はそんなに変わらない、要はやるかやらないかだ、という反論もあると思う。
会議は次から次へとやってくるし、決済を仰ぐ書類は机に山積みだ。
情報収集のために見なければならないサイトは山のようにあるし、メールにtwitterにfacebookで情報発信もしなければならない。
立ち止まって考える暇なんて、現代人にはありはしないのだ。
だがしかし、即断即決即レスが必ずしも正しいわけではない事案もある。
経営理念や今後10年間の経営計画が『ゼロ秒思考』で導き出されたものだと社員としては不安だ。
恋人や配偶者へプレゼントを渡すときに、「ゼロ秒で選んだよ」と自慢する奴は少ないだろう。
自分にもしものことがあったとき用の我が子への最期のメッセージを、即断即決即レスで書き上げることはできない。
時にはじっくり考えることも必要なのである。
世界一の資産家ビル・ゲイツと世界第4位の資産家ウォーレン・バフェットは友人同士だが、彼らの間のエピソードにこんなものがある。
<これまでバフェットからゲイツが受けた最良のアドバイスの一つが次の言葉だという。
「本当に重要なことだけを選んで、それ以外は上手に『ノー』と断ることも大切だよ」
バフェットと初めて会った頃のゲイツは多忙だった。山ほどの会議に出席し、夜になったら一日に一〇〇万通届くといわれるメール(大半は迷惑メール)にとりかかり、必要ならば長い返事を書く。一年の四分の一は海外にでかけ、年に二週間だけとれる休暇を、ゲイツは「考える時間」と呼んで大切にしていた。
一方、バフェットは会議にはほとんど出ず、電話もほどほどの本数だ。メールも使わないので、「考える時間」が年に五〇週ほどもとれる。その潤沢な時間がバフェットの優れた決断のもととなっている。
バフェットの手帳の予定表が真っ白なのを見て、ゲイツは意味があることとないことを見きわめ、意味のないことにはかかわらない大切さを知ったという。>(桑原晃弥『ウォーレン・バフェット 成功の名語録 世界が尊敬する実業家、103の言葉』PHPビジネス新書 2012年 p.150-151)
ぼくは世界1位と世界4位の金持ちだからといって無条件に尊敬するつもりもないが、一方で彼らから学ぶものは何もないと言い切るほど傲慢でもない。
考えるだけでなく、仕事でなにかやるにはまとまった時間が必要だ。
ドラッカーは言う。
<報告書の作成に六時間から八時間を要するとする。しかし一日に二回、一五分ずつを三週間充てても無駄である。得られるものは、いたずら書きにすぎない。ドアにカギをかけ、電話線を抜き、まとめて数時間取り組んで初めて、下書きの手前のもの、つまりゼロ号案が得られる。その後、ようやく、比較的短い時間の単位に分けて、章ごとあるいは節ごと、センテンスごとに書き直し、訂正し、編集して、筆を進めることができる。
実験についても同じことが言える。装置をそろえ、ひととおりの実験を行うには、五時間あるいは一二時間を一度に使わなければならない。中断すると、初めからやり直さなければならない。>(P・F・ドラッカー『プロフェッショナルの条件 いかに成果をあげ、成長するか』ダイヤモンド社 2000年 p.122。この本はドラッカーの複数の著書からの抜粋を集めたもので、元もとは『経営者の条件』収載)
思考実験の言葉もあるとおり「考える」ことも一種の実験で、実験で結果を出すためには真理を求めるあくなき探求心とまとまった時間である。
ざっくりとまとまった時間をとることは何かを成し遂げるにはとても大事らしい。
哲学者カントの時間割を見ると、講義の準備に二時間、講義に二時間、本を書くために四時間と二時間から四時間刻みだったそうだ(渡部昇一『知的生活の方法』講談社現代新書 昭和50年 p.179-180)。
チャーチルは多忙な政治家だったが自ら絵も描いたし著作も残している。
その秘訣はやはり、思い切ってまとまった時間をとっていたからではないかと渡部氏は書いている。
まったくもって根拠はないが、昔の時間単位の一時(ひととき)が二時間単位であることや、映画が二時間前後であることなどをみると、人間がことをはじめて終わるまでに全部含めてだいたい二時間くらいかかるものなのかもしれない。
何をやってもスピーディな人というのも中にはいますけどね。
ざっくりとまとまった時間をとって考えることが足りないのは、もちろん日本のビジネスマンだけではない。
2009年、イェール大学の元教授ウィリアム・デレズヴィッツがアメリカの陸軍士官学校ウェストポイントでこんな講演をした。
<いま米国のあらゆる機関が、リーダー不在の危機に瀕しています。政府だけではありません。ここ数十年で米国企業に何があったか振り返ってみてください。GMやトランス・ワールド航空、USスチールと言った古い時代の大企業は破綻したり、破綻の危機に追い込まれたりしました。ウォール街も、最近のたった数年であんなことになりました。(略)
(今アメリカにいるリーダーは)質問には答えられても、自ら何かを問う術は知らない。目標は達成できても、目標を設定する術は知らない。物事をやり遂げる方法は考えても、それがやるに値することなのかどうかは考えない。こういったリーダーです。
いまの米国にいるのは、ひとつのことには優れているが、自分の専門分野以外には全く関心を持たない、世界史上最も優秀な専門家たちで、逆にいないのが「リーダー」なのです。
言い換えれば、「考える人」がいません。物事を自分で考えられる人。国や企業、大学、軍の新しい方向性や、物事の新しいやりかたや見かたを発案できる人。つまり、ビジョンを持った人がいないということです。
「真のリーダーシップ」とは、自分で考え、信念に従って行動できることです。>(COURRIER japon 2011年july号 p.87)
デレズヴィッツはまた、優れた人はいろんなことをいっぺんにこなすというマルチタスクは幻想であると言い、「真のリーダーシップ」を培うためには考える時間をとることが必要で、そのためにはあえて自ら孤独を選びとることも重要だと述べている。
この講演は、2011年度の「全米雑誌賞」のエッセー部門でファイナリストに選ばれているとのことだ。
引用ばかりでおなかがいっぱいになってきた。
現代人が考えるためにまとまった時間をとる難しさは重々承知の上である。
ドラッカーは自分の時間の使い方を記録し、すべきこととすべきでないことを整理し、すべきでないことを止めてできた時間をまとめあげることを勧めている。
最後にもう一つだけ引用しておきたい。
<「機械の一時停止(ポーズ)ボタンを押すと、機械は停止する。しかし、人間の一時停止ボタンを押すと、人間はスタートするんだ」>(トーマス・フリードマン『遅刻してくれてありがとう』上巻 2018年 日本経済新聞出版社 p.14)
たまには人生のポーズボタンを押すのも悪くない。
(『カエル先生・高橋宏和ブログ』http://www.hirokatz.jp2015年11月14日より加筆・転載)













