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新型コロナウイルス感染症対策と時刻表

福岡健一
date:2020/8/4

 時刻表は毎月、新刊が発行される。それなのに、まったく代わり映えがしないと評される。実際には列車や路線が増えたり減ったりしており、時刻表そのものにも「時刻表は毎月変わっています」の表記がされているが、たしかにほぼ変わらないことに違いはない。内容に時刻とその時代を刻みながら、見た目は淡々と、書店や駅売店や切符売り場に置かれていく。

(出典:JR時刻表2020年5月号)

 2019年12月以降、中国湖北省武漢市で発生が複数報告されたと政府が発表しメディアが取り上げた、肺炎を伴う原因不明の疫病は、数か月が経つと「コロナ」の略称で通じるほど日本中に、そして世界中に蔓延した。新型コロナウイルス感染症の流行と、これを受けた政府の感染症対策は、何が起きても動じないと思っていた時刻表に、目に見える影響を及ぼした。

 交通新聞社は、2020年5月25日発売予定の「小型全国時刻表」と「コンパス時刻表」の2020年6月号を発行せず、6月19日にそれらの「6・7月合併号」を発売した。1894(明治27)年10月に庚寅新誌社が「汽車汽船旅行案内」を月刊で創刊して以来、廃刊でも不定期刊でもなく月刊の時刻表の発売ができなかったのは、戦中戦後の混乱期である1944~1947年以来の出来事である。合併号という時刻表の発行は、過去に例がないという。

 なお、同社の「JR時刻表」や、JTBパブリッシングの「JTB時刻表」などの月刊時刻表は、6月号が発売された。普段の6月号は、夏の臨時列車の掲載号。年間最大の繁忙期に向けて、旅行や鉄道の利用を促す。それが今年のJR時刻表6月号は表紙で「行った気分に浸りませんか」と呼び掛けた。紙面での空想旅行を促した。

 旅に出ずとも時刻表を読むことは、鉄道趣味としては古くから親しまれる。これを時刻表の最新刊の版元が、しかもJR時刻表はJR6社共同編集とするので、つまり鉄道会社が呼び掛けたこともまた、おそらく過去に例がないか、戦時輸送への協力を呼び掛けた第二次大戦中以来の出来事かもしれない。たしかに当時も今年も、政府が不要不急の旅行を戒めている。

 紙面の内容は、おおむね普段どおりであった。インターネット上で発信されたJR各社のニュースリリースでは運休を予告した夏の臨時列車が、ちゃんと掲載されていた。9割減便と報道された航空便も、時刻表では従前どおりたくさん飛んでいた。しかし東海道新幹線のページに違和感を覚えた。臨時列車がひとつも走らず、一方でページ数を維持したため、列車時刻が1行おきに掲載される、隙間風の吹いた紙面となっていた。

 東海道新幹線「のぞみ」の時刻表は、毎日変わっている。片道1時間あたり4~6本の定期列車に臨時列車をきめ細かく加えることで、日々の需要に応えている。JR東海のさじ加減により、輸送力が足りない行楽期と、荒天で客が引いた日を除くと、乗れば毎日ほどよく混んでいる。

 これが「コロナ」を受けて、乗客が9割も減ったという。そこでJRはまず臨時列車を削減、続いて臨時列車を運休、さらに定期列車を削減し、需要に対応した。JR時刻表では「のぞみ」の時刻を青数字で載せる。今年3月のダイヤ改正で「のぞみ12本ダイヤ」をうたい、史上最大の増発を組んで青々と茂った5月号の数字が6月号で刈り取られ、さらに毎時3本ほどに痩せた。

 

(出典:JR時刻表2020年5月号・6月号)

 記録は残るが、記憶は途切れる。コロナ禍により欠号や不思議な表記や空白が生まれ、幻の列車や航路を満載したこれらの時刻表は、あと30年ほど経つと様々な解説や注釈を付けて、時代を振り返られることになるのだろう。

 

福岡健一(ふくおか・けんいち)

1973年生まれ。2007年に日本の鉄道全線を完乗したほか、海外20か国以上の鉄道にも乗る。また、2001年から日本全国と海外の駅弁約7200個を食べた。日本全国と海外の駅弁を紹介するウェブサイト「駅弁資料館」館長を務めておりメディア出演多数。

駅弁資料館 http://kfm.sakura.ne.jp/ekiben/