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どの路線に乗ったら完乗と言えるか

福岡健一
date:2019/7/2

 日本の鉄道に全部乗った。完乗(かんじょう)した。これを証明するものは何もないから、完乗した証拠を見せてみろと言われると返答に困るが、集計できていないと自分が困るから、何年何月何日に何線の何駅から何駅まで乗ったという記録は付けている。JR宇野線の茶屋町(ちゃやまち)駅~宇野駅は2007(平成19)年12月31日、JRおおさか東線の新大阪駅~放出(はなてん)駅は2019(平成31)年3月16日という具合に、MS-Excel形式のファイルに約1000行の履歴が並ぶ。

 では、どの路線を利用したら、日本の鉄道に全部乗ったと言えるのだろうか。

 市販の月刊誌「JR時刻表」や「JTB時刻表」から対象を拾い出すか、または鉄道の一覧表を作りネット上で公開する人がいるのでその情報に乗るか。一般に鉄道や電車と呼ばれるものは、国の法律である鉄道事業法や軌道法により運営され、国土交通省が所管し、路線の一覧を同省鉄道局が監修する年鑑「鉄道要覧」に掲載するため、この書籍に頼ってもよい。ワープロ打ちコピー用紙を製本しただけに見えて5980円もする高価な本ではある。

 JR時刻表やJTB時刻表に掲載される鉄道路線図「さくいん地図」に、乗った区間だけ色を塗っていく。パソコンを使い始める前は、自分が乗った路線をこれで管理していた。全部塗ったら完乗だ。これでだいたい合っている。ただ、100%を目指すには、追加である程度の考証と決め打ちが必要になる。

(出典:JR時刻表2019年7月号)

 例えば、JR線について横浜駅付近の路線図を見てみる。

 東京都内へ行くには東海道本線と京浜東北線があるが、路線図には1本の線しかない。法令上も1本の路線である。東海道本線は名称であり京浜東北線は愛称である、というややこしい話は後日に考察したい。

 加えて、横須賀線や湘南新宿ラインでも都内へ行ける。東海道本線や京浜東北線と違い、武蔵小杉駅のある内陸側を経由する。鉄道要覧を参照すると、東京駅(~横浜駅)~神戸駅の東海道本線の他に、品川駅~鶴見駅にも17.8kmの東海道本線がある。品川駅~西大井駅~武蔵小杉駅~新川崎駅~鶴見駅のルートは、品川駅~川崎駅~鶴見駅の路線とは区別されている。鶴見駅に横須賀線などが止まれるプラットホームはないけれど、法令上や運賃計算ルールではここに駅があることになっている。

 さらに、東海道本線を走るのに横浜駅を通らない列車がある。平日限定の通勤列車「湘南ライナー」など一部のライナー列車が、横浜駅より3kmほど内陸にあるトンネル路線を通る。鉄道要覧には鶴見駅~東戸塚駅にも16.0kmの東海道本線がある。時刻表の路線図にはないが、列車時刻の書き分けにより、時刻表の上級者にはその存在が分かるようになっている。激烈な建設反対運動を乗り越えて、1979(昭和54)年10月に開通した貨物線であり、今も貨物列車ばかり走っているが、こうして通勤客も運んでいる。

 実はもう1本、横浜駅を通らない東海道本線がある。鉄道要覧の東海道本線に、鶴見駅~桜木町駅の8.5kmが載る。横浜港の埋立地を貫く貨物線であり、普段の時刻表には一切の記載がない。しかし法令上は、ここまででいくつも出てきた東海道本線と同じ扱いであり、ごくまれにイベント向け列車が走るから客として乗ることもできる。市販の地図にも、だいたい載っている。

 これらの東海道本線を、どこまで乗ったら完乗なのか。

 完乗にルールはないから、自分で決めなければならない。

 先駆者たちは、時刻表や鉄道要覧に掲載される路線のうち、毎日あるいは定期的に旅客列車が走り、きっぷを買えば誰でも乗れる区間を対象に、完乗を目指したりタイトルを防衛しているように見える。私もそのように考えて、東海道線と横須賀線の電車に乗り、休暇を取って「おはようライナー新宿」の展望車に乗った。鶴見駅~桜木町駅は自宅の近隣であり、徒歩や自転車でも見た景色を車窓で眺めても仕方がないかもしれないが、完乗の履歴管理とは別に、いつか乗ってみたいとは思っている。

 

福岡健一(ふくおか・けんいち)

1973年生まれ。2007年に日本の鉄道全線を完乗したほか、海外20か国以上の鉄道にも乗る。また、2001年から日本全国と海外の駅弁約6600個を食べた。日本全国と海外の駅弁を紹介するウェブサイト「駅弁資料館」館長を務めておりメディア出演多数。

駅弁資料館 http://kfm.sakura.ne.jp/ekiben/