五能線、肥薩線、釧網本線の魅力
「とあるテーマパークのアトラクションを全種類制覇した。」
「それならば、最も楽しかったアトラクションは何か。」
「47都道府県すべてに訪れたことがある。」
「それならば、最も気に入った都道府県はどこか。」
「日本の鉄道全線に乗ったことがある。」
「それならば、最も良かったと思う路線はどれか。」
このような質問に即答できる能力を、うらやましいと思う。
今まで日本の鉄道路線を数えたことがなく、数えようにも名称と愛称の混在もあるので定義付けが難しいが、おそらく500路線以上はあるのだろうか。そのそれぞれに個性や魅力があり、優劣を付けることはとてもできない。
神奈川県横浜市の東神奈川駅と、東京都八王子市の八王子駅を、1時間ほどで結ぶJR横浜線。電車に乗ってもおそらく特段の感想が出ないであろう、東京近郊の通勤路線である。しかし、多摩に集積する絹を横浜の貿易港へ運ぶために明治時代に建設したシルクロードであったという誕生の経緯を聞くだけで、とたんに個性的で魅力的な路線に思えてくる。室町時代の長尾景春の乱による小机城攻略まで遡らなくても、戦前の相模原での軍都建設から今世紀のみなみ野シティまで、沿線各地で行われた都市計画の内容や経緯を知ると、車窓への興味がぐっと湧いてくる。
秋田県の東能代駅と青森県の川部駅を結ぶJR五能線。
熊本県の八代駅と鹿児島県の隼人駅を結ぶJR肥薩線。
北海道内で釧路駅と網走駅を結ぶJR釧網本線。
このあたりの名前を挙げれば、最も良かったと思う路線について無難な回答ができると思う。いずれもテレビや雑誌での旅行特集で実名がよく挙がる観光路線である。乗り通すと片道で3~5時間はかかるので乗り応えもある。普段の利用者が少ないので列車の本数は限られるが、観光客向けの臨時列車が走るから、旅行の行程に組み込みやすい。
これらの路線をおすすめできる理由は、ひとつの路線を三度楽しめるからである。
五能線に川部駅から入れば、岩木山を背景に広大なリンゴ畑の中をとことん進む。約1時間で日本海に出会うとその荒々しい海岸沿いを延々と沿う。約2時間で海から離れると東北の穏やかな山村や地方都市の光景が淡々と流れる。一日で最大3往復が運転される「リゾートしらかみ」に乗れば、乗り換え要らずで座ったままで3種の車窓を眺め続けられる。
肥薩線に八代駅から入ると、平地は無いが峡谷でもない球磨川の流れを約1時間堪能する。人吉駅からは明治時代の最新技術で切り返したり一回転しながらの峠越えに約1時間ドキドキする。吉松駅からは南国の温かい山村を約1時間のんびり進む。「かわせみやませみ」「いさぶろう」「しんぺい」「はやとの風」や「SL人吉」という、昭和時代や大正時代の古い車両に精一杯の厚化粧を施して歴史と貫禄を感じさせる観光列車を乗り継ぐと、3種の車窓に加えて列車そのものの旅も楽しませてくれる。
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釧網本線の普通列車に網走駅から乗ると、半時間ほどオホーツク海と原生花園という対照的な広い車窓が左右に続く。知床斜里駅から1時間半ほど、高原または氷雪の明るく淋しくゆるやかな峠越えという静かな時間を過ごす。標茶駅からの約1時間は、広大な釧路湿原でヨシやスゲに囲まれる。一日5本の普通列車を乗り通して3種の車窓を楽しむか、季節の観光列車「くしろ湿原ノロッコ号」「SL冬の湿原号」を組み合わせてもよい。
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1本の路線で三度おいしい。そんな路線が、五能線であり、肥薩線であり、釧網本線である。だから三度乗っても、何度乗っても、車窓を堪能できる。わかりやすくおすすめできる路線として、鉄道のみに深く入り込むのではなさそうな質問を受けたら、このいずれかを挙げることにしている。
福岡健一(ふくおか・けんいち)
1973年生まれ。2007年に日本の鉄道全線を完乗したほか、海外20か国以上の鉄道にも乗る。また、2001年から日本全国と海外の駅弁約6600個を食べた。日本全国と海外の駅弁を紹介するウェブサイト「駅弁資料館」館長を務めておりメディア出演多数。
駅弁資料館 http://kfm.sakura.ne.jp/ekiben/