大副業時代に「鶏口牛後」を考える。
「鶏口となるも牛後となるなかれ」という言葉がある。略して「鶏口牛後」。
大きな組織の下っぱであるよりも、小さくても組織のトップを目指せ、という意味で、中国の古典『史記』がオリジナルだという。
これは正しいのかと昔からずっと考えてきた。
例えば受験で志望校を決めるとき。
鶏口牛後が正しいとすると、いい学校に超無理してビリで入るより、そこそこの学校にトップで入ったほうがよいことになる。
確かにギリギリの学力でいい学校に入っても、授業についていけなかったらあとあとつらい。
それよりは余力がある状態でそこそこの学校に入ってトップでいたほうがよいというのは言えるかもしれない。
しかし一方で、人間にはのびしろというものがある。
入学時にギリギリの学力でも、まわりのデキる生徒と切磋琢磨して少しずつ成長する可能性がある。
入学時には牛後ポジションであっても気が付けばその集団の真ん中くらい、牛の腹くらいまで伸びることができるだろう。
はじめから鶏口ポジションだと、それ以上伸びようがない。
人間は環境の生き物で、環境によってよくも悪くも変わっていく。
まわりがデキる奴ばかりだったら「このままじゃいけない」と発奮するだろう。
荀子曰く、「蓬(ほう)、麻中に生ずれば扶(たす)けずして直し」。
ぐねぐね曲がって生えるつる草、蓬(ほう)も、まっすぐ伸びる麻に囲まれて育てばまっすぐに伸びるのである(中公クラシックス『荀子』p.6-7。なお、同書によれば、原文の「蓬(ほう)」は日本の「よもぎ」とは別の植物だそうだ。なんということだ)。
大きな組織や会社の下っ端(=牛後)がよいか小さな組織のトップ(=鶏口)がよいかは個人の性向によっても変わってくる。
職人かたぎの専門職だと、自分の仕事だけに没頭できる牛後ポジションというのは悪くない。
対外的には下っ端であっても、大きな組織や会社に属しているとそれだけで信頼を得られるし、大きな仕事も任せてもらえることがある。
組織が持つ力との相乗効果で、大きな仕事を成し遂げることができるのが牛後ポジションの利点だ。
フェイスブックの共同創業者ダスティン・モスコヴィッツは、グーグルマップを開発したブレット・テイラー(約1500人目のグーグル社員)や「いいね!」ボタンの開発メンバーチーフのジャスティン・ローゼンスタイン(FB約250人目の社員)についてこう言っている。
<(彼らは)機能を世に送り出すために自分の会社を立ち上げませんでした。むしろ自分の会社を作って同じことをしていたら、失敗したでしょう。「いいね!」機能で世界に影響を与えるには、広く普及している(グーグルや)フェイスブックの存在が必要だったからです。どんな会社を始めたいのか、やりたいことが実現できるのはどこなのかに関しては、常に考えておくべきです。>(クーリエ・ジャポン 2015March p.93。( )内は筆者)
一方で小さな組織のトップであることのメリットも大きい。
小さくても、組織や会社の全ての仕事をやりくりすることでマネジメント能力を高めることができるし、仕事全体・業界全体を俯瞰してみるクセがついていく。
言われたことを受け身でやればよい牛後ポジションに比べ、自らの生きのこりをかけて積極的に仕掛けていかなければならない鶏口ポジションで必死さが違う。
「周囲を引きずりまわせ。引きずるのと引きずられるのでは、永い間に天地のひらきが生まれる」(電通「鬼十則」)という奴ですね。
つまるところ鶏口がいいか牛後がいいかは人によって違うだけの話であるが、大企業でも副業解禁が叫ばれる今の時代におすすめなのはハイブリット型だ。
大きな組織に所属しながら安定性を確保しつつ、副業したり自ら小さな勉強会などを主催したりしてそちらでは鶏口ポジションとしてチャレンジングなことをしてみる。
あるいは小規模の会社の経営者として辣腕をふるいながら、業界団体の新参者として先達から学びながら経営者同士社員には話せない悩みを共有する手もある。
大きな組織の一員であるにせよ、小さな組織のトップであるにせよ、どっぷりと一つのポジションだけにとどまるのは視野がせまくなる危険性があるのだ。
本業をおろそかにせず、複眼的思考を手にいれるためにはどのくらいの割合のハイブリットを狙えばよいか。
その割合はずばり2割。
googleでは以前、次のビジネスの種を探すことにつながるとして業務時間の20%を自由なプロジェクトに使ってよいとしていた。
元リクルート営業マンの大塚寿氏は、1万人以上のビジネスマンにインタビューし、ビジネス人生を後悔しないために『8割は守りでいいから2割は攻めろ』と言っている(大塚寿『40代を後悔しない50のリスト』ダイヤモンド社p.46-49)。
もし自分が現在大きな組織の一員として行きづまりや息づまりを感じていたら、2割の鶏口要素を取り入れてみる。
自分が小さな組織のトップで将来展望が見えなかったり同じレベル感で悩みを相談できる相手がいなければ、業界団体や同業種交流会・経営者交流会などの大きな団体に飛びこんでみる。
しかし本業はおろそかにせず、心も時間も8割は本業のために確保しておく。
この時代、仕事の黄金比率は牛8鶏2か鶏8牛2。
なんだかとっても良いダシがとれそうである。
(『カエル先生・高橋宏和ブログ』http://www.hirokatz.jp 2015年9月20日より加筆再掲)