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なぜあんな立派な人がコロナやワクチンの陰謀論にハマるのか(3)~『ファスト&スロー』を下敷きに考える

高橋宏和(H4卒)
date:2021/10/15

「なぜあんな立派な人がコロナやワクチンの陰謀論にハマるのか」ということについて考えている。
 
ダニエル・カーネマンの『ファスト&スロー』によれば、人間の判断は全く異なる2つのシステムによって下されるという。
すなわち、
・システム1 速い思考
・システム2 遅い思考
である。
 
システム1、速い思考は自動的に高速で働く。システム1の稼働に努力はあまり要らない。
システム2、遅い思考は難しい計算問題など困難な知的活動の時に働く。カーネマンによると、システム2は「怠け者」である。
 
ぼく自身、現時点で『ファスト&スロー』を十分に咀嚼し消化しきれていないことを告白する。解釈違い勘違いなどで間違ったことを書いたら順次修正していきたい。
で、カーネマンが正しいとすると、ぼくらは通常多くの判断をシステム1に負っている。
 
夜道を歩いていて前から人が近づいてきたときに、危険かもしれないと思って距離を取るのはシステム1の働きだ。
「あの人はどんな人か十分観察しよう。力の強さやヤバそうな奴か、どれくらいの確率で襲ってくる可能性があるかじっくり熟慮して、距離を取るために消費する身体的エネルギーの損失というコストに見合うかゆっくり検討しよう。行動はそれからだ」みたいにシステム2に判断を任せたりしない。
普段の生活ではシステム1は生存可能性を高めることに貢献してくれる。
 
ただし時々、あるいは頻繁にシステム1は誤作動を起こす。
そのための修正にシステム2を活用しなければならないのだが、システム2の活用には努力を要する。メンドくさいのだ。
 
これまたカーネマンが正しければ、システム1、直観的な思考・判断には多くの特徴がある。
たとえば数の判断が苦手(正確には「平均」は得意だが「合計」は苦手だという。前掲書p.168-169)だ。
また、感情や想起しやすさ(利用可能性 availability)など、様々な要素に影響されバイアスがかかる。
利用可能性とは思いだしやすさみたいなもので、未知のものに出会ったときに既知のものと置き換えて迅速な判断を下す。
 
つまみ食いであるのは承知しているが、こうしたシステム1の性質を知っていると、「コロナやワクチンの陰謀論にハマる人」の傾向が理解しやすくなる。こうした陰謀論にハマる人たちがシステム1の判断だけで発言しているとすると合点がいくのだ。
たとえば「コロナワクチンが効くというが、薬品Aも効くというデータがある。コロナに感染しても薬品Aがあるからワクチン不要」みたいな言説(仮の話が一人歩きするといやなので、わざと薬品Aと表記した)。
 
予防は治療に勝るという大原則はひとまず置いておく。薬品Aが効くというのが真かも置いておく。
ここで問題としたいのは、仮に仮に仮に(重要なので3回書いた)薬品Aが効くとして、「どれくらい効くか」という「数」の概念がすっぽり抜けていることだ。
コロナ感染者100人に投与して1人に効いても「効く」、100人全員に効いても「効く」である(RCTの話もひとまず置いておく)。
「薬品Aが効くというデータがある!」という主張には、この「どれくらい効くか」という「数」の視点はまったくない。
ワクチンの予防効果は95%くらいとされている。打っていない人が100人感染する環境で、打っている人たちを同数集めてきたら5人しか感染しないという数字だ。驚異的な効果である。
 
薬品Aが効くといっても、それほどの効果はない。
(ほんとは予防薬と治療薬を並列に論じるのはよくないよなあ、と思いつつ書いている)
「ワクチンも効くかもしれないが薬品Aも効く」というのは、「数」の概念が苦手な、システム1的言説なのではないだろうか。
またカーネマンは、よくわからないことを判断するときに身近なことに置き換えて判断するというシステム1の思考は、比較するために思い出せる事例があるかどうか、利用可能性availabilityに影響されると書いている。
 
面白いことに、利用可能性の影響を受けやすい条件というものがあり、<努力を要する別のタスクを同時に行っている。><タスクで評価する対象について生半可な知識を持っている。ただし本物の専門家は逆の結果になる。><強大な権力を持っている(またはそう信じ込まされている)。>だという(p.241-242)。
ここらへんに、冒頭の疑問「なぜあんな立派な人がコロナやワクチンの陰謀論にハマるのか」を解くカギがありそうだ。
(続く)