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非メモの魔力。

高橋宏和(H4卒)
date:2023/2/16

「若い時に工場の管理を任された。定期的に工員の面談をするんだ、一人一人。全員やると半年くらいかかる」
「はあ」
「“何か問題はないか”、“困ってることはないか”、1対1で面談する。それを全員やる。そうすると、工場全体の問題が浮かび上がってくる」
「なるほど」
「ここで重要なのが、“メモを取らない”ことだ」
 「メモを取らない?メモを取るんじゃなくて?」
「メモを取ってはいけない。少なくとも、面談しながらメモを取ってはいけないんだ。どうしてもメモを取りたければ、面談が終わってから、一人でこっそりメモを取るんだ」
日本を代表する企業の元トップ、Sさんから昔聞いた話である。
 
もちろん、メモには魔力がある。
前田裕二氏によれば、メモを取ることには
①アイディアを生み出せるようになる(知的生産性の向上)
②情報を「素通り」しなくなる(情報獲得の伝導率向上)
③相手の「より深い話」を聞き出せる(傾聴能力の向上)
④話の骨組みがわかるようになる(構造化能力の向上)
⑤曖昧な感覚や概念を言葉にできるようになる(言語化能力の向上)
という利点がある(前田裕二『メモの魔力』2018年 p.27-38。ものすごい良書。特に前半部分は、将来教科書に載ってもおかしくない内容)。
「メモの魔力」を十分認めた上で、「メモしないことの魔力」の話をしたい。
 
冒頭の、工場の個別面談の話に戻る。
人間社会では、問題の多くは人間関係だ。
Sさんは、個別面談のときになぜ“メモを取ってはいけない”と思ったかは語らなかったが、おそらくこういうことではないか。
工員A氏が「最近同僚Bが怠けていて」みたいなことを言ったとする。
真偽は不明だが、その話をもとにB氏の面談になると、管理者としてはこう聞かざるを得ない。「最近サボってるらしいじゃないか」。
B氏としては当然こう聞き返すだろう、「誰が言ったんですか?」。
 
話がこじれそうになった場合、メモを取っていなければ、「誰が言ってたのか忘れちゃったな」とか「すまんすまん、聞き違いや記憶違いだったみたいだ」。
メモを取らないことで、お互いに退路を保つことが出来る。
良し悪しの意見は分かれるだろうが、メモを取らないことで、面談を受ける側の心理的安全性を高め、あえてなあなあで収める道が残されるのだ。
 
メモには魔力があるが、メモを取らないこと、すなわち「非メモ」にも魔力がある。そんな「非メモの魔力」について話している。
ちなみにこの話には、おそらく今まで誰も思いついたことのないオチを用意している。早くそのオチを書いてしまいたいが、我慢して論を進めたい。
メモを取ることの利点は無数にあるが、世の中にはメモを取らないほうがよい場合もある。
 
外交官として活躍し、文化庁長官として富士山の世界遺産登録に尽力された近藤誠一氏の著書にこんな一節がある。
 〈手元に「文化庁日誌」のコピーがある。長官になったその日から、欠かさず書いてきたものだ、外務省時代は、外交官は日記をつけてはいけないという先輩からの教えを守った。私的なものを書いていた時期はあったが、すべて廃棄した。〉(『FUJISAN 世界遺産への道』毎日新聞社 2014年 p.12-13)
国家に関わることの記録は可能な限り残し後世に役立ててもらいたいとぼく自身は思うが、記録を残さない、メモすら残さないことで生まれる相手国との信頼関係もあるのかもしれない。
「外交官は日記をつけてはいけない」という教えが今も引き継がれているのか、外務省の中の人、機会があればこっそり教えてください。
 
メモや記録を残さないほうがよいのは、主に相手のある場合だ。
注意が必要なのは、感情、特にネガティブな感情のやり取りだ。
ネガティブな感情のやり取りを含むメールやLINEは、原則としてしないほうがよい。
こうしたものが記録やメモとして流出すると、取り返しのつかないほど禍根を残すことがある。
ある年代以上の人は、あまりに無頓着にこのネガティブな感情のやり取りをメールやLINEで行うので困惑することがある。
 
話がそれた。
他にもメモを取らないことの魔力はあって、メモを取らないことで話に集中できる、メモしていなくても記憶に残ることだけを覚えておくことになるので重要度の高いことだけを覚えておけるなどだ。
 
つらつらとメモを取らないことの魔力、「非メモの魔力」を述べた。
いよいよ前代未聞のオチに取り掛かりたい。
このオチを読んだら誰もが抱腹絶倒間違いなしだ。抱腹絶倒間違いなしなのだが、えーとあれですよ、オチはあんな感じのやつです。ほらあれ、あれです。ダメだどうしても思い出せない。
なんということだ。自信作のこの話のオチ、非常に残念ながらキレイさっぱり忘れてしまった。
 
こんなことならメモしときゃよかった。

『カエル先生 髙橋宏和ブログ』2022年12月30日を加筆修正)