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2013年卒の建築漫画家「芦藻 彬」さんインタビュー

麻布流儀編集部
麻布流儀編集部
date:2020/8/19
2013年卒の建築漫画家「芦藻 彬」さんインタビュー

去る7/22コロナ禍で「麻布流儀まつり」なるオンラインイベントを開催したところ、急遽現校長である平秀明校長が参加してくださり、その際、平校長から耳寄りな情報をいただきました。2013年卒の篠原彬さん(著者名/芦藻 彬さん、以下せっかくなので著者名で)が書いた「バベルの設計士」なる漫画の上巻が絶賛発売中という話題でした。

そこで、平校長から直々に連絡先を教えていただき芦藻(あしも)さんにインタビューしました。

 

<漫画家/芦藻 彬(本名・篠原 彬)プロフィール>

建築漫画家。2018年、ジヘンより「微分、積分、世界の終わり」でデビュー。

執筆活動と並行して建築学を学び、2019年Universita IUAV di Veneziaに留学。古代オリエント建築漫画「バベルの設計士」連載の他、自身の主催する自家製本レーベル「羊々工社」からも建築漫画を刊行している。

・1994年6月15日、神奈川県生まれ

・2013年3月(H25年)麻布高等学校 卒業

・2013年4月 東京工業大学 工学部 第6類 入学

・2017年3月 東京工業大学 工学部 建築学科 卒業

・2018年10月~2019年9月 Universita IUAV di Venezia(イタリア共和国、ヴェネツィア)に留学(トビタテ!留学JAPAN日本代表プログラム9期生)

・2021年3月 東京工業大学 環境・社会理工学院 建築学系 建築学コース 卒業見込

<年表>

2015年 第116回四季賞冬のコンテスト佳作受賞

2016年 大岡山建築賞・銀賞

2016年 土木デザイン設計競技 景観開花。 佳作受賞

2017年 三大学合同講評会 岡部賞、中山賞受賞

2017年 日本建築学会にて「篠原一男の非住宅作品のスケッチにみる図形的特性」を発表

2018年 「微分、積分、世界の終わり」でデビュー 

2018年 「バベルの設計士」連載開始

2019年 表参道スパイラルにて「ヴェニスに棲む魔物」を自主施工した什器とともに展示発表(https://kuma-foundation.org/exhibition/work/2019_akira-ashimo/

2020年 「バベルの設計士」移籍再連載、6月に単行本上巻が発売

※また、2018より公益財団法人クマ財団奨学生(2020年現在継続4期生)

 

──今年6月19日にジャルダンコミックス(実業之日本社)から発売された「バベルの設計士(上)」について色々とお話をお聞きしていこうと思いますが、まずはその前に、麻布時代の話から聞いていきたいと思います。 芦藻さん、麻布時代のことを教えてください!

芦藻 麻布時代は、漫研、卓球部、軽音部、美術部同好会と無駄に多方面に手を広げて遊んでおりました。選ぶのが下手というか、欲張りな奴だったなと思います。(今もあんまり変わっていませんが・・・) その中でも、やはり同じように漫画を書いている友人、小説を書いている友人、音楽を作っている友人などと特に仲良くしており、暇さえあれば作品の話をしている(コンテンツの話以外できない)オタクでした。文化祭も大好きで、毎回友人が主催していた展示の絵を書いたり、Tシャツをデザインしたり、バンダナをデザインしたり・・・やはり何か作るのが好きでした。自分が最高学年だった高2の文化祭では、幼少期から好きだったファイナルファンタジーに関する有志展示を行い、雑誌と称して同人誌を3冊作るなど、振り返ると今コミティアなどの即売会に出てやっていることの源流が文化祭にあったんだなと感じます。問題を起こしてしまった時の対応なども大変真摯かつ寄り添ってくれるもので、心底この学校に入ってよかったな、と思っています。



──漫画はいつから描いているのですか?

芦藻 幼少期から日めくりの裏に見よう見まねで漫画を書いていました。(ドラえもんやどこでもいっしょなどの既存のキャラクターを使って・・・)

宇宙やロボットといった科学も好きで、科学者兼漫画家になりたい、などといっていた気がします。水泳、そろばん、英語などの習い事に通わせてもらい、忙しくも楽しい日々を送っていました。中学受験勉強は少しスロースタートだったのですが、下のクラスから入れたことで伸びる楽しさを得ながら勉強できたので、とにかく塾が楽しかったのを覚えています。塾の合間に、やはり当時ハマっていたドラゴンボールの二次創作漫画を描いていました。


麻布時代_中3の漫研の部誌で描いた、最初の漫画作品

麻布時代_中3の漫研の部誌で描いた、最初の漫画作品



一番しっかり漫画を描こう、完成させようと思ったのは、中学3年生の頃に「G戦場ヘヴンズドア」という日本橋ヨヲコ先生の漫画https://www.shogakukan.co.jp/books/09187809を読んだことがきっかけです。同級生に相当本腰を入れて小説を書いていた友人がいたことも大きかったと思います(G戦場ヘヴンズドアも彼が教えてくれました)。自分もきちんと作品を完成させなければという意識が生まれ、お話の作り方など本当に色々とリードしてもらいながら、中3の後半に描いて高1の文化祭で発表したのが第1作目の漫画でした。


麻布時代の文芸部誌・漫研部誌

麻布時代の文芸部誌・漫研部誌

麻布時代のTシャツデザインなど

麻布時代のTシャツデザインなど



 

──自己分析するとどんな子でしたか?

芦藻 漫画家一本じゃ生きてはいけないから、漫画家とあと何になろうかな……などと考える嫌な子供でした。恐竜、宇宙、科学などに興味がある時期は、科学者兼漫画家になる!と言い、文章を書くのにハマった時はジャーナリストとかライター兼漫画家、そろばんの先生…なんて時期もあったと思います。笑 漫画家だけは、なぜが変わらなかったのですが、本気で一本で食べられる作家になれるという感覚はあまりなかったんですよね。

また、絵を書くことも好きでしたが、どちらかというと工作が好きで、暇を見つけてはダンボールやセロハンテープを駆使して何かしら作っている子供でした。絵を描くのも、工作で作るものの完成予想図を描くためだったと言いますか。その辺りは、建築学科で立体を作るようになった時、模型製作などに活きているなと感じます。

 

──建築を学ぼうと思ったきっかけは?

芦藻 大学進学を考えるにあたって、美大に行くか悩んで美術の相羽先生に相談したところ、「漫画は美大に行かなくても描ける。個性を活かすなら、勉強もできるところを活かして何か大学で専門的なことを学んだ方がいいのではないか。建築学科は美大的な側面もあるし、絵も描くから楽しめるかもよ」というありがたい助言をいただきました。当時から街を歩くのは好きで、休みの日に友人たちとビルや街中の建築を見ながらひたすら歩く、というようなこともやっていたので、建築学科、いいかもしれないなと。入ってから色々今まで自分がやってきた創作とのギャップに直面するのですが、それも含めて建築学科に入って本当に良かったなと思っております。

 

──そんなに麻布の先生って親切でしたっけ?笑

芦藻 教養総合という授業があって、相羽先生の授業を取っていたので、親身に相談に乗っていただきました。

 

──うらやましいです、笑。美大に行かず建築学科でもちゃんと賞を受賞していたりしてすごいじゃないですか!でもそちらの話は置いておいて、漫画家になるまでの流れみたいなことを教えてください!

芦藻 中高では同人誌サイズで原稿を書いていたので、賞への応募ができませんでした。そこで大学に入ってからはきちんと商業サイズで描いて賞に応募しようとしていたのですが、大学でもサークルや学科や学生団体など余計なものに色々手を出してフラフラしていたため、初めての賞の応募は3年の夏でした。そこでありがたいことに講談社アフタヌーンの四季賞で佳作を頂くことができ、担当さんと共同作業での作品作りが始まりました。

しかし商業漫画で何を書けば良いのかよくわからず、自分の打ち合わせの下手さ、コミュニケーションの不足も相まって迷走してしまい・・・4年生になると卒制、卒論に追われることとなり、制作の時間が取れなくなってしまいました。その時、建築の卒制に無理やり漫画表現をねじ込み、そうして描いた作品を引っさげてプロアマ広く漫画家が集まる合同即売会「COMITIA」に出展するようになりました。すると、幸いなことに色々な編集部の方からお声がけいただくことができ、その中の御一方がちょうど新しいレーベル「ジヘン」を立ち上げたばかりの編集長さんで、とんとん拍子に企画が進んで連載が決まったという流れです。


卒業制作でも受賞!

卒業制作でも受賞!



実はイタリアへ留学に行くことが声をかけていただいたときから決まっておりました。編集長さんの「いいじゃないですか、海外で連載!新しい!」という発言を聞いたときは、まさかそんなの無理だろう…あるわけがない、と思っていました。しかしとんとん拍子に話が進み、本当に留学と並行して連載が始まったときは自分でも驚きました。漫画家ってそんなに自由な職業なのか…と、笑 そんな状況でも、連載を任せてくださったジヘン編集部には今でも本当に感謝しております。


トビタテ!留学JAPAN 日本代表プログラム

トビタテ!留学JAPAN 日本代表プログラム



 

──なるほど、講談社アフタヌーンではそのチャンスをモノにできなかったのですね。やはり編集者が重要なんでしょうか?

芦藻 講談社の時は学業との兼ね合い的なタイミングが悪かったこともあり、残念ながらまだお仕事までは繋げられておりません…。とはいえやはり憧れの雑誌なので、書き続けていく中でいずれリベンジを果たせたら…!と思っております。はい、漫画制作において編集さんの存在は本当に重要だと思います。色々なスタイルがありますので一概には言えませんが、企画が編集さんのアイデアからスタートしている漫画も多くありますし、プロットや展開も一緒に考える、まさに二人三脚で一緒に作っているんだということがプロになってよくわかりました。

 

──『微分、積分、世界の終わり』という作品をマンガZEROで読んだことがあるのですが、こちら学校が出てきますけど、麻布ですか?

デビュー作読み切り

芦藻 学校が出てきますが、麻布時代の話ではないです。笑 ドラえもんを意識して描いたとんち小噺SFです。

こちらの作品は、初めて賞をいただき、次の作品をと編集さんと仕込みをしていたときに描いた作品でした。当時自分が商業作品のイロハを持たず、何を描きたいのかも全然わからず五里霧中だった時、一般的な商業とはだいぶ異なる方向の作家さん(panpanya先生)に影響を受けてしまい、「これだ!!これなら描けるかもしれない!!」と意気込んで一人で勝手に描いてしまったという、実はイタイ()作品です…。

とはいえワンアイデアの面白さには非常に自信があったので、意気揚々と賞に送りました。結果は惨敗、一次選考で落とされてしまいました。(このときに編集さんから伺った商業漫画についての話が後々非常に腑に落ちて大きな学びとなりました…)

とはいえ、当時の自分はあまり納得がいっておらず、「面白いのに!」と頑固炸裂で自費出版、アマチュア即売会にて頒布していました。それで声をかけてくださった編集さんもおりましたので、その辺りも色々学びになったなと思います。そして、先ほど書いた連載が決まった編集部で、たまたま打ち合わせに持っていった原稿ケースの中に古い「微分、積分、世界の終わり」の原稿が入っており、編集長から「この漫画やっぱり面白いですよね。連載の前にこれ読み切りとして乗せてデビューします?」という、涙が出るようなありがたいお言葉をいただき、図らずも報われる運びとなりました。捨てる神あれば拾う神あり・・・(のちに、「新人賞と私」という同レーベルの企画でこの内容を簡単な漫画にするなどしました。




(同じものですが、こちらでも公開されています(https://manga-zero.com/product/3160  ※第10話)



──大変お待たせしました!それでは『バベルの設計士』について、著者自ら語ってください!

芦藻 ―「輝く太陽に届く塔を建てよ」。王による前代未聞の超難題に挑むため、王宮の設計士ガガは、ノアの末裔であるニムロデを探すことに。王宮に連れてこられなければ待ち受けるのは無情なまでの刑罰。4,000年前に、栄華を極めた都市を舞台に繰り広げられる、天才設計士たちの歴史浪漫譚ここに開幕!!―

現役東工大大学院の建築学科に所属する作家と、講談社で長年編集として活躍され、のちに独立された建築学科出身の編集長が、最初の案出しから協業し、粘り強く進めた筋金入りの企画です!連載開始前には、1年間NHK文化センターに通って「古代オリエント史」を受講し、メソポタミアに関する書籍多数出版されている講師の方に直接様々なことを取材させていただきました。時代考証をしっかり抑えつつ、ベテラン編集さんの力を借りてしっかりエンターテインメントに仕上げておりますので、歴史好きの方もそうでない方にもお勧めできる1冊となっております。1冊で270p超と、特厚のボリュームも見どころです!全国書店で展開中ですので、ぜひぜひお手に取ってお読みいただければ幸いです!


初連載作品「バベルの設計士」

初連載作品「バベルの設計士」



 

──なるほど、麻布時代にメソポタミアのことを学んだとかそういうことを期待していたのですが、違うのですね?笑

芦藻 今思うと歴史も面白くてもっと勉強しておけばよかったですが、一応僕、理系なので歴史はあまり学ばなかったんですよ!

 

──建築ですから確かに理系ですね、笑。せっかくなので麻布時代のこと、創作活動のことを最後にもう一声!

芦藻 麻布時代の創作仲間(小説書き、漫画描き、曲作りマンなど)は、本当に掛け替えのない宝です。彼らがいなければ、麻布在学時あんなに熱を入れて漫画を描かなかったでしょうし、いまも漫画家になっていたかわかりません。クラスが違っても毎休み時間や放課後にはしょっちゅう創作の話をし、作品を見せ合い、批評し合い、名作を紹介し合ったのは、間違いなく青春と言える一コマでした。結局大学に入ってもそのメンバーで旅行したり、執筆合宿をしたり、飲みにいったり、映画を見たり…麻布時代とそこまで変わらない頻度で会っていたように思います。「微分、積分、世界の終わり」も、「バベルの設計士」も、企画時点では集まるたびにみんなが意見を出してくれ、ときに叱咤、ときに背中を押してくれたことで、最終的に今の形で発表できています。今後もそういう会は続けていきたいです。

徐々にみんな社会に出る年になり、商業の世界でも活動できるようになってきましたので、今度は身内だけじゃなく、広く世の中に発表できる形で色々とコラボレーションしていきたいという野望もあります。麻布の教室でやっていたことと本質は変わっていませんが、根っこの部分は変えずにこの先も共に生きていけたら、本当に幸せなことだなと思います。実現できるよう、手を動かし続けます!

 

──あ、最後にと言いながら、そう言えば同期でもう一人今度漫画家いるって本当ですか?それがそのお仲間?

芦藻 そうなんですよ、同期に辻次っていう奴がいるのですが、なんなら彼は僕よりずっと前に賞をとってデビューしています。大学前半はよく手伝いに行きました笑(彼にもたくさん手伝ってもらってます!笑)

 

──なんか2013年卒は漫画家当たり年ですかね!?驚きですが、今後、対談とかも検討していきましょう!今日はありがとうございました。また近いうちに話しましょう。あ、そうだ、ちなみに下巻がいつ出るんですか?

芦藻 下巻はなんとか年内には発売できるかと思います。ありがとうございました!

 

ぜひ、芦藻さんの「バベルの設計士」お買い求めください!下巻も年内には出るようなので注目しましょう!