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2017年物理学賞に麻布OBが貢献(前編)

麻布流儀編集部
麻布流儀編集部
date:2018/9/28

*アインシュタインが導いた重力の基礎方程式

アインシュタインが1915年から1916年に一般相対性理論を発表し重力波の存在を予測してから約100年。重力波は中性子星やブラックホールの連星の合体や超新星爆発などから発生すると考えられてきたが、これまで直接検出されたことはなかった。ついに2015年9月14日、米国のLIGO検出器が世界初の重力波の観測に成功。2017年ノーベル物理学賞として、米マサチューセッツ工科大学のワイス博士、カリフォルニア工科大学のソーン博士、バリッシュ博士の3氏が受賞。これを他国の研究だから私たちとは遠い世界のニュースだなんて軽く流してしまってはいけない。この研究に1991年麻布卒の新井宏二さんが参加していたのである。

アインシュタインは自らが提案した重力の基礎方程式からの数学的な帰結として「光速度で伝わる時空の歪み」重力波を導き出した。しかしその振幅は途轍もなく小さく、重力波はその直接検出を拒み続けてきた。このアインシュタインが置き土産にしていった「最後の宿題」を解くためには、世界中の1000人もの研究者の力を結集して、長さ4kmという巨大な装置「LIGO」を建設する必要があったのである。1991年麻布卒の新井宏二さんはそのLIGO研究所に所属し装置開発に貢献をしてきた研究者である。そんな新井さんに、麻布時代の話からこのLIGOに至るまで様々なことをインタビューした。



カリフォルニア工科大(カリフォルニア州パサデナ)のキャンパスに設置されたプロトタイプ干渉計施設。レーザー保護メガネを掛けて実験中の新井宏二さん。提供:LIGO Lab / Koji Arai

 

新井宏二

略歴

1985/4 麻布中学校入学

1991/3 麻布高校卒業

1991/4-1993/3 東京大学教養学部理科一類

1993/4-1995/3 東京大学理学部物理学科

1995/4-1997/3 東京大学理学系研究科物理学専攻修士課程

1997/4 東京大学理学系研究科物理学専攻博士課程進学

1999/6 東京大学理学系研究科物理学専攻博士課程中退

1999/7 国立天文台(助手)着任

2002/5 博士(理学)取得(東京大学理学系研究科・論文博士)

2009/6 国立天文台(助教)退職


2009/7 カリフォルニア工科大着任(至現在)

プロフィール

1999年東京大学大学院理学系研究科物理学専攻博士課程中退.2002年博士(理学)取得(論文博士).1999年より国立天文台助手・上級研究員・主任研究員・助教としてTAMA300重力波検出器の開発に従事.2009年より米国カリフォルニア工科大にてLIGOプロジェクトに参画,Senior Research Fellow,Research Assistant Professorを経て,現在Senior ScientistとしてAdvanced LIGO重力波検出器の開発に携わる.専門はレーザー干渉計型重力波検出器開発,光学精密計測,低雑音エレクトロニクス,リアルタイム制御.2016年にSpecial Breakthrough Prize In Fundamental Physics,Gruber Cosmology Prize各受賞.2017年Princess of Asturias Award for Technical & Scientific Research受賞(LIGO Scientific Collaborationとして).日本天文学会,米国物理学会各会員.

 

まず最初に麻布時代の新井さんのことを教えてください。

新井 小さい頃から特に宇宙限定ではなく理工学一般に興味がありました。10歳頃にプログラミングなる「全く新しい概念」に遭遇してハマり、麻布ではパーソナルコンピュータ同好会に入部しました。中学時代はゲームで遊ぶか自作するかしかしていませんでしたので、だいぶ成績は良くなかったです。数学で赤点をとったりとか。なんとかなっていた理科だけに頼りきってなんとか大学受験を乗り切りました。

 

*東京大学、大学院、研究者へ。LIGO研究所の一員になるまでのことを教えてください。

新井 もともと物理は好きだったわけですが、高校時代にさらに魅了された結果、大学で物理を専攻しようと思いました。それで理学部物理学科・大学院と進学しました。麻布ではコンピュータの部活をしていたわりに、それで食べていこうとは思いませんでした。インターネットが表舞台に出てくる数年前で、世界的なITの技術革新についても全く思いが至らず。物理学科では学友の方がコンピュータのスキルは上でしたし、理論物理には全く歯が立ちませんでした。むしろ電子工作とかメカとかの経験で、実験物理の方がはるかに向いていそうでした。

物理の研究者にとって大学院の研究室選びは人生の一大事でありますが、それにあたり私には「自分の手で作った装置で物理を計測したい」という思いがありました。宇宙の観測というのはその点で本質的であろうと思ったのですが、その中でも前人未踏であった「重力波検出」に挑戦してみたいと思いました。当時は「アインシュタインの予言から80年。未だ検出されず」という状況でしたが、まだこれからの分野の方が成果が出しやすかろうとか、20年後にも潤沢に研究テーマが残っているんじゃないかといった考えもありました。いわゆるブルーオーシャンというんですか。まさにその20年後に人類初の重力波の検出に関わることになるわけですが。

大学院の最後の年に国立天文台に就職が決まり、大学院を中退しました。働きながら学生時代の結果をまとめて、古巣から博士論文を提出しました。審査の主査は相原博明先生で、そのころの天文台の台長は海部宣男先生でしたが、二人とも麻布の大先輩だということは、だいぶ後になって知りました。

国立天文台ではTAMA300という重力波検出器を手がけたのですが、ここでは装置のあらゆる部分を好きなように触らせてもらえましたし、世界最高性能を誇った時期もありました。どの重力波検出器も装置の基本的な構造は同じなので、貴重な経験をさせてもらい非常に感謝しています。10年を国立天文台で過ごすうちに、米LIGO計画の世界最大の検出器が世界最高性能になっており、その技術力や組織力を学んでみたいと言う気持ちが徐々に強くなりました。そのとき丁度、現在のボスから「アメリカに来ないか」という誘いがあり、カリフォルニア工科大に移ることを決意しました。天文台の職を捨てて海外に出ていく人はあまりいなかったようで、人事課に退職届を出しに行ったら「教授と喧嘩したんですか!?」とビックリしていましたね(笑)。

次ページよりLIGOについて聞いてまいります