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時刻表を読むたのしみ

福岡健一
date:2019/6/25

  時刻表は面白い。どれくらい面白いかというと、寝室で時刻表を眺めていると寝られなくなるほどである。本や活字というものは眠気を誘うものなのか、寝たいのに眠れない時は本を読めば寝られる、つまり「寝落ち」できる。これが時刻表だと、寝落ちできないのである。

 時刻表という数字の羅列など、本来はちっとも面白くないはずで、それ以前に意味のないものだろう。列車の時刻という意味を持っていても、それならば列車の時刻を調べる目的でなければ、使う必要がない。逆に、数字あるいは時刻の羅列であるからこそ、文章とならずに文字が何も語らないから、そこに意味を持たせられる人の空想を掻き立てる。


出典:地理院地図(電子国土Web)

 北関東に、わたらせ渓谷鐡道というローカル線がある。その名のとおり、44.1kmで約1時間半かかるほぼ全線で渡良瀬川の渓谷に沿い、週末や紅葉の季節にはトロッコ列車が走り、車窓を楽しませてくれる路線である。古くは国鉄の足尾線といい、かつて東洋一とうたわれた足尾銅山の貨物輸送を担う産業鉄道であった。

 この桐生駅から間藤(まとう)駅へ至る行き止まりの路線について、古くから早朝の足尾駅発間藤駅行き、夜更けの間藤駅発足尾駅行きという、最奥の1駅分だけを運行する列車が設定されている。最新の(2019年7月号の)時刻表では、足尾駅5時39分発と6時22分発の間藤駅行きと、間藤駅21時26分発の足尾駅行きがある。わずか1.3kmの距離を、次の駅まで2~3分走っておしまい。しかも2006(平成18)年3月に減便のダイヤ改正が行われるまでは、もう1本ずつ多く走っていた。


出典:JR時刻表2019年7月号P.570

 こんな列車がなぜ運行されていて、いったい誰が乗るのか。

 私はわたらせ渓谷鐵道にも足尾にも、何度か訪問したことがあるので、想像を付けることはできる。足尾駅には車庫がある。終着駅の間藤駅には車庫がない。朝に間藤駅発桐生駅行きの列車を仕立てるため、夜の桐生駅発間藤駅行き列車を車庫に収容するため、足尾駅から車両を1駅分回送するついでに、客を乗せているのだろう。また、隣の通洞駅から足尾駅を経て間藤駅までは、足尾の中心市街地であり建物が連坦(れんたん)するため、この3駅間を行き来する客がいるのだろう。

 しかし、20分も歩けば行ける距離で、おおむね1時間半おきにしか来ない列車に、わざわざ待って乗るだろうか。そもそも国内では大都会を除くと、もはや自動車のみが交通機関であり、各駅停車の普通列車を使う客の8割は通学定期券の高校生だから、こんな時間帯の足尾駅~間藤駅でわざわざ列車に乗りに来る客がいるとは、とても思えない。ここに市街地があるといっても、100年前に人口が3万人を超える栃木県第二の都市であった足尾から、銅山が消えて約半世紀、2000人を割った住民の過半が65歳以上の高齢者だそうだから、交通の需要も限られそうだ。

 なんだろう、なぜだろう、たった20個の数字で、ここまで想像を膨らませるのが時刻表である。そんな列車をいつかはこの目で見てみたい、と20年以上考えているが、まだ実行できていない。平日日勤のサラリーマンは、明日の朝も早いので、寝室ではこんな数字を追いかけない、思い出さないようにする。

 

福岡健一(ふくおか・けんいち)

1973年生まれ。2007年に日本の鉄道全線を完乗したほか、海外20か国以上の鉄道にも乗る。また、2001年から日本全国と海外の駅弁約6600個を食べた。日本全国と海外の駅弁を紹介するウェブサイト「駅弁資料館」館長を務めておりメディア出演多数。

駅弁資料館 http://kfm.sakura.ne.jp/ekiben/