幸せには外部要因と内部要因がある。
あまり意識されていないことだけど、幸せには外部要因と内部要因がある。
外部要因には富や名誉や地位なんかがあって、それらを子供たちが獲得できるように親たちはしゃかりきになるけれど、もしかしたらそれ以上に大事なのが内部要因だ。

photoACより
内部要因は言い換えれば「心のあり方」。
「心のあり方」がうまく育っていないと、外部要因がどれだけそろっても幸せになることは難しい。
「心のあり方」は、言ってみれば幸せを感じる能力なのである。
幸せになるための「心のあり方」とはどんなものであろうか。
昔読んだ交流分析(Trasactional Analysis; TA)の本がヒントとなった。
今から20年も前に読んだ本で、現在の精神医学/心理学からはオールド・ファッションかもしれない。
少々うろ覚えだけど、こんな考え方だった。
すなわち、最も安定した心のあり方は、
I’m OK, You’re OK.
自分もOKな存在で、他人もOKな存在である、という認識。
自分はOK、他人はNGだと傲慢になる。
自分はNG、他人はOKだと卑屈になる。
自分もNG、他人もNGだと――たぶん、生き地獄だろう。
自分もOK、他人もOKな心のあり方を育んでいくにはどうしたらよいか。
おそらく、そこで重要になってくるのが、「無条件の愛情」だ。
「勉強ができるから」、「外見がかわいいから」、「歌がうまいから」-なにかができるから、自分は愛される、という「条件付きの愛情」ではなく、自分自身は存在するだけで無条件に愛される、という体験を十二分にして初めて、子供は自分自身がこの世に存在していいのだと思えるのだろう。
「条件付きの愛情」の中で育ってしまうと、自分自身の存在が許されるのは、「勉強ができる」、「外見がかわいい」、「歌がうまい」といった条件が満たされるときだけになる。
そういった心のあり方を獲得してしまうと、まさに底無し沼だ。
どれだけ富を獲得しても満ち足りず、どれだけ出世しても飽き足らず、どれだけ異性から愛されても無限に愛を求め続けてしまう。
ほんとうに必要なのは、ただ一つ、自分の存在を無条件に肯定してくれる「yes」という言葉だけなのに。
だから人は、白い脚立にのぼり、ぶら下がった虫めがねを手に天井にyesの文字を探す。
名曲とダンスで世界を魅了しながらも何十回も自分の外見を変え続け、何十万の歓声を浴びながらも健やかな眠りを得られなかったマイケルが求めたものも、きっと自分自身を全肯定してくれる、yesの一言だったのだろう。
その無条件の愛情、無条件のyesを与えてあげられるのは、子供たちの親をはじめとする周囲の大人たちだ。
人生早期のそのyesさえあれば、たぶんそこから何十年か子供たちはやっていけるのだと、ぼくは強く信じる。
「それでも人生にイエスと言う」ためには、はじめにまわりの大人たちが教えてやらなければならないのだ。
ことほど左様にぼくはyesと言うことに重きを置いている。
そんなわけで、もし将来、博多でクリニックを開くことがあったら、キャッチフレーズは
Yes!中州クリニック
にしようと思う。
(『カエル先生・高橋宏和ブログ』2025年2月3日を加筆修正)