「年賀状じまい」と弱い紐帯。
2024年末から2025年年始にかけて、「年賀状じまい」という言葉をずいぶん聞いた。
毎年年賀状を出していたが、今年を限りにおしまいとさせていただく、みたいな意味だと思う。
昔と比べて年末ぎりぎりまで仕事もあるし、メールやSNSでふだんからなんとなくつながりもあるし、郵便代も上がったし、という複合的な理由だろう。
非常によくわかる。
年末だけ郵便需要が爆増してバイトの配達員なども大量に差配しなければいけないし、郵便局側としても「年賀状じまい」は消極的に賛成なのだと思う。年賀ハガキ売っておしまいならいいんだろうけど、配達しないといけないからバイトや残業代とか考えると利益という面では限られているはずだ。
「年賀状じまい」したら年末ラクだろうなとは思う。だが当面、規模を縮小しながらも続けようと思っている。
なぜか。
儀礼とか伝統とかお気持ちとか、そうした不可算なものは除外し、あえて功利主義的に考える。
儀礼とか伝統とかお気持ちみたいなことを論じるとどうとでもいえるし、どこかで「失礼クリエイター」ことマナー講師に聞きつけられて寄ってこられてもいけない。
あえて功利主義的に考えたとき、年賀状は「弱い紐帯」を維持するのに非常に有効な手段である。
生きていくために大切なのは、誰か1人との深くて強い一本の絆(だけ)ではなく、多くの人との浅くて弱い無数の絆である、というのが「弱い紐帯」の考えかただ。
困ったときのちょっとした手助けが、ぼくらを破滅から救ってくれるのだ。
この「弱い紐帯」仮説は、アメリカの社会学者グラノヴェターの研究などにより示された(M.グラノヴェター『転職 ネットワークとキャリアの研究』ミネルヴァ書房 1998年)。
転職が盛んなアメリカで、人々はどのようにして新しい職を見つけているか、グラノヴェターは居住者9万8000人(当時)のマサチューセッツ州ニュートン市をサンプルとして調べたのだ。
人々は転職するときにどうやって新しい職を探しているのか。求職者に新しい職を紹介するのは誰かをグラノヴェターは調べた。
アメリカは転職大国とはいえ、転職は人生の一大事だ。
そんな一大事を左右するのだから、新しい職を紹介してくれるのは家族や親友など「濃い」関係の人ではないかと考えるのが普通だ。
だが意外にも、転職者に新しい職の情報をもたらしたのは仕事上の友人や知人、恩師などが多かったという(前掲書 2章)。
興味深いのは考察で、家族や親友などの「濃い」関係の人(「濃い」「薄い」について、グラノヴェターは週に何回会うかを指標にしている)は、求職者と行動範囲がかなり重複するため、求職者が知らない情報が入ってきにくいからではないかと述べられている。ここらへんはネット時代以前の調査であることに留意。
同じ「界隈」の人とは「濃い」関係性が築きやすいが、同じ「界隈」だとは入ってくる情報はカブる、ということだろう。
そういうわけで、グラノヴェターの調査においては、求職者は「薄い」関係性の知人友人から新しい職を紹介してもらう割合が多かった。
いろんな行動範囲の人と薄くつながっていると新しい情報が入ってきやすい、ということだろう。
このグラノヴェター『転職』が、「弱い紐帯」仮説の論拠の一つとなっている(はず。誤読してたら教えて下さいませ)。
「弱い紐帯」は、ときどき手入れをしてキープしないといけない。放置していれば切れてしまうのだ。
というわけで、「弱い紐帯」が僕らを破滅から救ってくれる蜘蛛の糸で、そうした「弱い紐帯」を年に一回のご挨拶である程度キープできるかもしれないから、当面年賀状は続けようかなと思う次第であります。
今年もよろしくお願いします。
(『カエル先生・髙橋宏和ブログ』2025年1月15日を加筆・修正)