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富山駅弁「ますのすし」の偉大さと思い出

福岡健一
date:2020/7/28

 名物に うまいものあり ますのすし

 富山駅で売られる駅弁「ますのすし」のパッケージに、そう書いてあった。

名物に うまいものあり ますのすし

 名物に旨い物は「あり」なのか「なし」なのか。

 一般には「なし」らしい。名は必ずしも身を伴わない、名物と言われる物ほどたいしたことはない、名物は「なし」だが特産は「あり」、などと解釈される。個人的かつ現代的にも「なし」と考えたい。もし名物に旨い物があったとしたら、それは各地へ広まる。駅弁に限っても、古くはサンドイッチやアユの駅弁、後にウナギの駅弁や釜飯の駅弁、今では牛肉の駅弁など、どこかの駅の名物あるいは特産だった駅弁が評判を呼ぶと、ほどなく各地の駅弁屋が模倣し普及してきた歴史がある。

富山駅弁「ますのすし」

 それでも、富山駅弁「ますのすし」には、名物にうまいものありという例外を設けたくなる理由がある。

 まず、名物である。

 マスの押寿司は間違いなく、富山の名物である。この神通川のサクラマスに始まる越中富山の郷土料理は、昔から富山の名物とされていたわけではなく、江戸時代や明治時代はむしろアユ寿司が名物であった。それが今ではこのとおり。富山の駅や空港や土産物屋を訪れて、マス寿司を見なかった記憶がなく、逆にアユ寿司を見た記憶がない。

 それに、ますのすしは間違いなく、富山駅の名物駅弁である。通が好むという「ぶりのすし」や、うまいと話題の「ぶりかまめし」、その他優れた駅弁がいくつもあるのに、テレビや雑誌などで紹介されたり、商業施設の駅弁催事や富山物産展で売られるのはだいたい「ますのすし」。富山駅でもやっぱり、ますのすし群が最も目立つ。富山駅の駅弁屋のホームページもまた、タイトルを「ますのすし本舗」とする。

 1899(明治32)年に鉄道が富山へ達し、1912(明治45)年にマス寿司の駅弁が誕生した。駅で売られたことで旅客に認知され、鉄道に乗ってその名を各地へ広めたという。駅弁になったことと、鉄道の存在が、マス寿司を富山の名物に仕立てる一翼を担ったと考えられる。駅弁の輸送販売が今ほど盛んでなかった昭和時代から、夏場で2日、冬場は3日の日持ちがした「ますのすし」は、上野駅や大阪駅など、富山と鉄道で結ばれた都会の駅でも買えたから、より宣伝になっただろう。

 マス寿司は各地で買えても富山の名物で、「ますのすし」は富山駅の名物駅弁である。富山を代表する名物であり、全国を代表する駅弁のひとつでもある。これほど存在感の大きい弁当や駅弁は、そうそうあるものではない。

北陸新幹線

 そして、うまいものである。これだけの名物だから、きっとうまいに違いないだろうが、それでも味覚は私感だから、うまいとする根拠は主観と経験による。

 今から30年前の1990(平成2)年11月、今でいう乗り鉄の高校生が初めて富山駅に降り立った。駅の立ち食い蕎麦であれば200円ちょっとで済むところを、せっかく富山に来たのだからと、当時で1,100円もした名物駅弁を買ってみた。ものすごくうまかった。紅色の身の塩気と脂の乗りに、押し固まった白い白い飯、これらを覆い包む笹の葉の香り。以後しばらく、富山駅へ訪れるたびに「ますのすし」を買うようになっていた。当時も今も、中身に加えて箱の絵柄も変わらない。

 富山駅に行けば、900円の「小箱」から3,700円で限定販売の「竹ずし」まで、10種類以上のますのすし駅弁に出会えるチャンスがある。新幹線の改札を出て商業施設「とやマルシェ」へ回り込めば、各社で異なる絵柄とおおむね同じ価格を持つたくさんのマス寿司に出会える。だからかどうか、今の富山駅弁「ますのすし」には、「名物に うまいものあり 源(みなもと)のますのすし」と、字余りで駅弁屋の名前を挿入したフレーズを記す。駅弁を含めたマス寿司の食べ比べは、まだあまりできていない。

名物に うまいものあり 源のますのすし

 

福岡健一(ふくおか・けんいち)

1973年生まれ。2007年に日本の鉄道全線を完乗したほか、海外20か国以上の鉄道にも乗る。また、2001年から日本全国と海外の駅弁約7200個を食べた。日本全国と海外の駅弁を紹介するウェブサイト「駅弁資料館」館長を務めておりメディア出演多数。

駅弁資料館 http://kfm.sakura.ne.jp/ekiben/