麻布OBメンバーの方はログインすることで限定記事の閲覧やコミュニティ機能をご利用いただけます
麻布流儀参加者 現在 235

<麻布OB限定公開>教育学者・秦由美子さん&麻布校長・平秀明さん トークイベントレポートフルバージョン

麻布流儀編集部
date:2018/8/19

教育ジャーナリストおおたとしまささん(1992年麻布卒)による、「麻布流儀限定」のイベントレポートです。赤字の部分は麻布流儀メンバー限定で、公にするにはちょっとヤバイ内容も含んでいるので、メンバー以外には「他言無用」をお約束ください。


2018年8月17日夜、東京・代官山の蔦屋書店にて、教育学者の秦由美子さんと、麻布中学校・高等学校校長の平秀明さんによるトークイベント「イギリスの教育・麻布の教育」が開催された。秦さんの著書『パプリック・スクールと日本の名門校』(平凡社新書)の刊行記念イベントである。

秦さんはお茶の水女子大学分教育学部卒業後、アメリカ大使館に勤務。のちにオックスフォード大学で修士号、東京大学で博士号(教育学)を取得。現在は関西外国語大学教授。イギリスと日本の比較研究を専門にしており、『パプリック・スクールと日本の名門校』もイギリスのパブリック・スクールと日本の中高一貫校を比較する観点から書かれている。

秦さんは、イギリスのパブリックスクールの中でも「ザ・ナイン」と呼ばれる名門9校すべてを取材した。そもそもこれ自体が快挙である。イギリスのパブリックスクールは、スノッブを絵に描いたような存在で、取材を「させていただける」こと自体が奇跡みたいなことなのだ。それを9校すべてにおいて敢行したわけである。

日本でも数々の私立中高一貫校を取材した。そのうちのひとつが麻布であった。また、この本の編集担当も実は、麻布を2000年に卒業した岸本洋和さんなのだ。


*編集を担当した平凡社の岸本洋和さん(2000年麻布卒)

申し遅れましたが、私、1992年卒の教育ジャーナリスト・おおたとしまさと申します。純粋にこのイベントに興味があり、たまたま参加したところ、同期で麻布流儀主宰の前田慎一郎君が一人で取材に来ていたので、「良かったら、オレ、レポート書こうか」ということで、ここに駄文を披露することとなりました。

 

さて、本題。

「パブリック・スクール」とは何か。「ハリー・ポッター」の舞台として描かれる学校「ホグワーツ」のイメージといえばわかりやすいだろう。「ザ・ナイン」の中で最も古いのはウィンチェスター校で1382年創立。最も有名なイートン校は1440年設立。最も新しいものでも1611年創立のチャーターハウス校。日本の学校とは歴史が違う。

日本にも古い学校がないわけではない。現存する私立中高一貫校の中で、私の知る限りおそらくもっとも古い歴史をもつのが、大阪にある四天王寺中高である。創立はなんと推古元年(593年)。聖徳太子が創立した四天王寺敬田院に起源を求めることができる。京都の名門・洛南中高は、天長5年(828年)に空海が創立した綜芸種智院をその祖とする。「信じるか信じないかはあなた次第」である。

「パブリック」とはいっても公立ではなく、私立である。中世イギリス上流階級では、家庭教師をつけて教育を行うのが当たり前だった。「良き文化」が特定の家柄の中だけで継承される閉鎖的な社会だった。しかし、「良き文化」継承の門戸を「開こう」として、出自に関係なく秀才を集めてつくられたのが、パブリック・スクールなのだ。「スクール」とはもともと「教室」の意味である。

パブリック・スクールは主に5年制(ホグワーツは7年制の設定)。日本の中高一貫校の教育期間にほぼ重なる。そもそも戦前の旧制5年制中学は、イギリスのパブリック・スクールを模して設計されたといわれている。麻布も戦前は5年制の中学校であり、それが戦後に6年間の中高一貫校に姿を変えただけである。

幕末に来日し、当時の日本の様子を『大君の都』に著した、初代英国駐日公使ラザフォード・オールコックや、第2代英国駐日公使ハリー・パークスら、幕末から明治初期に来日した歴史上のイギリス人の多くは、イートン校の出身者ばかりである。彼らが薩長をけしかけて明治維新が起きたと解釈することもできる……。

ちなみに東大のスクールカラーのライトブルーは、ケンブリッジ大学のスクールカラーに由来しているといわれている。そのケンブリッジ大学のスクールカラーは、もともとはイートン校のスクールカラーに由来する。

イギリスのパブリック・スクールが、意外にも日本に多大な影響を与えていることを感じさせるエピソードはほかにもさまざまあるが、ここでは割愛する。よろしければ拙著『名門校とは何か?』(朝日新書)の第9章を参照されたい。

ちなみにその本の中で、よりによって麻布について書いた文章の中に致命的な誤植があるので、見つけたら各自で修正しておいてほしい(電子書籍とオンデマンド書籍は修正済みなので、誤植を発見したければ、書籍版を買うしかない!)。

イベントでは、秦さんと平さんの掛け合いによって、パブリック・スクールと中高一貫校の、共通点および相違点を明らかにしていった。大筋は秦さんの著書の内容にかぶるので、詳しくは述べない。以下、個人的に印象に残った話のみを記しておく。

麻布関係者として驚いたのは、麻布創立100周年のころ、一時期ではあるが、麻布がウィンチェスター校と提携関係にあったということだ。私は知らなかった。10年くらい関係は続いたのだが、最終的にはウィンチェスター校から「そでにされた」(平さん)とのこと。ある年から交換留学生を受け入れてもらえなくなってしまったのだ。

まあ、これをイベントで堂々と話す校長が、麻布らしくて、私は好きだ。

この時期、実は私立武蔵も、イートン校と提携していた。生徒だけでなく、教員の派遣も行っていた。武蔵の先生が、イートン校で教えるのだ。

が、武蔵もイートン校に「そでにされた」。ある年から、生徒・教員の受け入れを断られてしまったのだ。麻布がウィンチェスター校との提携関係を失った時期とほぼ同じはずである。

ちなみに、武蔵との提携関係を打ち切ったイートン校はいま、巣鴨と提携している。制服のボタンを常にいちばん上まで止めていなければいけないなど、巣鴨は規律を重んじる校風の学校だ。そのほうが規律正しさを重視するイートン校とは相性がいいのかもしれない。

その巣鴨の堀内不二夫校長にから聞いた。「イートン校の先生が言ってましたよ。『東京のある私立中高一貫校に行ったら、先生がジーパンで出てくるんですよ。信じられない』と呆れてましたよ」と。もしやと思って、私の大学の同級生で現在武蔵で教員をしている友人に聞いてみると、彼は顔色を変えた。「あっ、たぶん、それ、うちだ……」。もちろん、麻布が武蔵を笑えるはずもない。

あるいは当時、イートン校とウィンチェスター校の校長同士が、「おたくどう?」「ニッポンの御三家、ダメダメね」などと会話していたかもしれない。

ちなみに、イベントの質疑応答の時間に発言した麻布OB有馬佑介さんが勤める桐朋学園は、「ザ・ナイン」の一角であるラグビー校と定期的に交流している。しかし秦さんの著書ではラグビー校と麻布が対比されている。桐朋の片岡哲郎校長が知ったら痛く残念がるだろうと、心配になった。

麻布がご存じの通りの「規律のない学校」であるのに対し、パブリック・スクール各校が「規律だらけの学校」であることは、ハリー・ポッターの世界観を見ればわかるだろう。生徒の自律を促す方法として、規律から入るか、自由から入るか、その点においては非常に対照的なのだ。

イベントでは、これまた麻布に縁のある池田潔氏の『自由と規律』(岩波新書)を引き合いに出しながら、この点についても考察が進んだ。

平さんは、「イギリスでは、子供を“小さな大人”と見なすところがあるのではないか」と指摘した。一方日本では、子供は子供として守られる文化があるというのだ。なるほどと思った。

たしかに前出のオールコックは、幕末の日本を見て、こう書き記している。「まさしくここは子供の楽園だ」。イートン校出身の彼からしてみれば、日本の子供たちの自由奔放さは衝撃的だったのである。

彼は当時の日本の子供たちの様子をこうも描いている。「いたるところで、半身または全身はだかの子供の群れが、つまらぬことでわいわい騒いでいるのに出くわす」。いまの麻布にそっくりではないだろうか。

というのは冗談にしても、パブリック・スクールが規律を重んじる理由は、その生い立ちを考えてみれば実は自明である。

低い階級に生まれた秀才を、社会のリーダーすなわち上流階級に引き上げる装置として、パブリック・スクールはつくられた。ただし、ただ優秀な子供にさらに良い教育を与えれば上流階級に加えてもらえるほど、イギリスの階級社会は甘くない。マナーと言葉遣いという目に見えないバリアが、出自を厳然と区別する。そのバリアを乗り越えるために、一流のマナーと言葉遣いを徹底的に躾けられるわけだ。映画「マイ・フェア・レディー」と同じである。

全員が寮で暮らす「ハウス制」も理由は同じだ。秀才を、低い階級の家庭文化から引き離し、ハウスマスター(寮長)が親代わりとなって、上流階級の生活様式をたたき込むのだ。

ウィンチェスター校のモットー「マナーが男をつくる」は、イギリス出身のシンガーソングライター・スティングの名曲「イングリッシュマン・イン・ニューヨーク」の歌詞にも登場する。

質疑応答の時間もたっぷりとあった。そしてその時間はいつしか、会場に来ていた麻布関係者による自画自賛タイムの様相を呈した。これぞ「麻布という不治の病(笑)」である。これには秦さんも苦笑い。「最後の質疑応答の時間で、麻布の雰囲気がよくわかりました」と会を締めくくった。




※繰り返しになりますが、赤字の部分は麻布流儀メンバー限定で、公にするにはちょっとヤバイ内容も含んでいるので、メンバー以外には「他言無用」をお約束ください。

 

教育学者・秦由美子さん&麻布校長・平秀明さん トークイベントレポート

麻布流儀編集部
date:2018/8/19

教育ジャーナリストおおたとしまささん(1992年麻布卒)によるイベントレポートです。



※麻布流儀メンバー限定のフルバージョン記事はこちら


2018年8月17日夜、東京・代官山の蔦屋書店にて、教育学者の秦由美子さんと、麻布中学校・高等学校校長の平秀明さんによるトークイベント「イギリスの教育・麻布の教育」が開催された。秦さんの著書『パプリック・スクールと日本の名門校』(平凡社新書)の刊行記念イベントである。

秦さんはお茶の水女子大学分教育学部卒業後、アメリカ大使館に勤務。のちにオックスフォード大学で修士号、東京大学で博士号(教育学)を取得。現在は関西外国語大学教授。イギリスと日本の比較研究を専門にしており、『パプリック・スクールと日本の名門校』もイギリスのパブリック・スクールと日本の中高一貫校を比較する観点から書かれている。

秦さんは、イギリスのパブリックスクールの中でも「ザ・ナイン」と呼ばれる名門9校すべてを取材した。そもそもこれ自体が快挙である。イギリスのパブリックスクールは、スノッブを絵に描いたような存在で、取材を「させていただける」こと自体が奇跡みたいなことなのだ。それを9校すべてにおいて敢行したわけである。

日本でも数々の私立中高一貫校を取材した。そのうちのひとつが麻布であった。また、この本の編集担当も実は、麻布を2000年に卒業した岸本洋和さんなのだ。


*編集を担当した平凡社の岸本洋和さん(2000年麻布卒)

申し遅れましたが、私、1992年卒の教育ジャーナリスト・おおたとしまさと申します。純粋にこのイベントに興味があり、たまたま参加したところ、同期で麻布流儀主宰の前田慎一郎君が一人で取材に来ていたので、「良かったら、オレ、レポート書こうか」ということで、ここに駄文を披露することとなりました。

 

さて、本題。

「パブリック・スクール」とは何か。「ハリー・ポッター」の舞台として描かれる学校「ホグワーツ」のイメージといえばわかりやすいだろう。「ザ・ナイン」の中で最も古いのはウィンチェスター校で1382年創立。最も有名なイートン校は1440年設立。最も新しいものでも1611年創立のチャーターハウス校。日本の学校とは歴史が違う。

「パブリック」とはいっても公立ではなく、私立である。中世イギリス上流階級では、家庭教師をつけて教育を行うのが当たり前だった。「良き文化」が特定の家柄の中だけで継承される閉鎖的な社会だった。しかし、「良き文化」継承の門戸を「開こう」として、出自に関係なく秀才を集めてつくられたのが、パブリック・スクールなのだ。「スクール」とはもともと「教室」の意味である。

パブリック・スクールは主に5年制(ホグワーツは7年制の設定)。日本の中高一貫校の教育期間にほぼ重なる。そもそも戦前の旧制5年制中学は、イギリスのパブリック・スクールを模して設計されたといわれている。麻布も戦前は5年制の中学校であり、それが戦後に6年間の中高一貫校に姿を変えただけである。

幕末に来日し、当時の日本の様子を『大君の都』に著した、初代英国駐日公使ラザフォード・オールコックや、第2代英国駐日公使ハリー・パークスら、幕末から明治初期に来日した歴史上のイギリス人の多くは、イートン校の出身者ばかりである。彼らが薩長をけしかけて明治維新が起きたと解釈することもできる……。

ちなみに東大のスクールカラーのライトブルーは、ケンブリッジ大学のスクールカラーに由来しているといわれている。そのケンブリッジ大学のスクールカラーは、もともとはイートン校のスクールカラーに由来する。

イギリスのパブリック・スクールが、意外にも日本に多大な影響を与えていることを感じさせるエピソードはほかにもさまざまあるが、ここでは割愛する。よろしければ拙著『名門校とは何か?』(朝日新書)の第9章を参照されたい。

ちなみにその本の中で、よりによって麻布について書いた文章の中に致命的な誤植があるので、見つけたら各自で修正しておいてほしい(電子書籍とオンデマンド書籍は修正済みなので、誤植を発見したければ、書籍版を買うしかない!)。

イベントでは、秦さんと平さんの掛け合いによって、パブリック・スクールと中高一貫校の、共通点および相違点を明らかにしていった。大筋は秦さんの著書の内容にかぶるので、詳しくは述べない。以下、個人的に印象に残った話のみを記しておく。

麻布関係者として驚いたのは、麻布創立100周年のころ、一時期ではあるが、麻布がウィンチェスター校と提携関係にあったということだ。私は知らなかった。10年くらい関係は続いたのだが、最終的にはウィンチェスター校から「そでにされた」(平さん)とのこと。ある年から交換留学生を受け入れてもらえなくなってしまったのだ。

まあ、これをイベントで堂々と話す校長が、麻布らしくて、私は好きだ。

麻布がご存じの通りの「規律のない学校」であるのに対し、パブリック・スクール各校が「規律だらけの学校」であることは、ハリー・ポッターの世界観を見ればわかるだろう。生徒の自律を促す方法として、規律から入るか、自由から入るか、その点においては非常に対照的なのだ。

平さんは、「イギリスでは、子供を“小さな大人”と見なすところがあるのではないか」と指摘した。一方日本では、子供は子供として守られる文化があるというのだ。なるほどと思った。

たしかに前出のオールコックは、幕末の日本を見て、こう書き記している。「まさしくここは子供の楽園だ」。イートン校出身の彼からしてみれば、日本の子供たちの自由奔放さは衝撃的だったのである。

彼は当時の日本の子供たちの様子をこうも描いている。「いたるところで、半身または全身はだかの子供の群れが、つまらぬことでわいわい騒いでいるのに出くわす」。いまの麻布にそっくりではないだろうか。

質疑応答の時間もたっぷりとあった。そしてその時間はいつしか、会場に来ていた麻布関係者による自画自賛タイムの様相を呈した。これぞ「麻布という不治の病(笑)」である。これには秦さんも苦笑い。「最後の質疑応答の時間で、麻布の雰囲気がよくわかりました」と会を締めくくった。




おおたとしまささん(1992年麻布卒)、イベントレポートの寄稿ありがとうございました。

※麻布流儀メンバー限定のフルバージョン記事はこちら

 

8月17日イベントに平校長登場!その裏に麻布OB編集者アリ!

麻布流儀編集部
date:2018/8/2

麻布流儀編集部です。

イベント情報のご案内です!

2018.8/17(金)19:00〜21:00 蔦屋書店1号館 2階 イベントスペースにて行われる、

【イベント】秦由美子『パブリック・スクールと日本の名門校―なぜ彼らはトップであり続けるのか』(平凡社新書)刊行記念「イギリスの教育・麻布の教育」

http://real.tsite.jp/daikanyama/event/2018/07/post-626.html

 

 

 

 

 

 

 

 

著者で教育学者の秦由美子さんと、麻布学園校長の平秀明さんのトークイベントが開催されるという情報をいただきました。この平凡社という出版社の編集者である麻布2000年卒の岸本洋和さんが担当された書籍で、今回のイベントも担当されています。

 

 

 

 

 

 

 

 

この書籍、以前レポートさせていただきましたホーム・カミング・デイの対談会でも少し出てきてた書籍だったので、まさか、編集者も麻布OBだったとは驚きです!

HCD対談会レポ「麻布という不治の病」

↑ぜひこちらもどうぞ


そんな岸本洋和さんにご自身のことをお聞きしました。

 

岸本洋和

麻布高校平成12年(2000年)卒。ワンダーフォーゲル部。高2で選挙管理委員長を務める。

東京大学教養学部2004年卒

2011年に転職して平凡社に入社。

 

 

 

 

 

 


1.麻布時代のことを教えてください。どんな学生でしたか?

岸本 ワンダーフォーゲル部で登山をしていましたが、体育会系のノリは好きではなく、周囲からもどちらかと言えば文化部っぽい人間だと認識されていたと思います。高2で選挙管理委員長になり、サークル連合や予算委員会のメンバーと二応や広尾駅前のサブウェイでだべっていました。いまでも二応時代の友人とはよく会います。先週も何人かで飲みに行きました。





2.編集者になろうといつの段階で決めましたか?平凡社での仕事について少し教えてください。

岸本 もともと研究者になろうと思って大学に進学しました。大学院にも進みましたが、「あ、自分はひとつのことを突きつめるのに向いていない」と気づき(遅い)、「そうだ、京都行こう」と、以前から住んでみたかった京都へ行きました。2011年の震災直後にいまの会社に転職して、現在に至ります。

研究者になるのをやめて、さてどうしようと考えたとき、編集者や書店員など本にかかわることしか思い浮かびませんでした。のめりこむけれどあきっぽいというやっかいな性格なので、一冊ずつ異なるテーマの本がつくれる編集者という仕事は、自分に向いていると思います。おもに新書や単行本など文字が中心の本を担当していますが、展覧会図録や写真集などもたまに編集しています。





3.今回担当された書籍は岸本さんが麻布卒ということで、取材に立ち会ったりされたんですか?

岸本 弊社の『大学事典』(http://www.heibonsha.co.jp/book/b356713.html)という本の担当者から、著者の秦さんを紹介されました。それがたしか3年前だったかと思いますが、そのときすでに秦さんは麻布の訪問を終えられていたので、取材には同行していません。ただ、麻布のOBということで、秦さんからインタビューを受けました。その一部は本にも生かされています。

本が出たあと、東京でこの本に関するイベントができるといいなあと思っていました。数多い東京の名門校のなかで唯一取り上げているのが麻布なので(ほかは灘、ラ・サール、甲陽学院)、イベントをするのであれば著者と平校長の対談ができればと考えていました。実現できてうれしいです。





4.その他ご自身の担当書籍のこと、これからの目標など教えてください。

岸本 ここ数ヶ月で担当した本は、吉田篤弘さん『あること、ないこと』、中川明紀さん『ソウルフード探訪──東京で見つけた異国の味』、新戸雅章さん『江戸の科学者──西洋に挑んだ異才列伝』、加藤浩子さん『バッハ──「音楽の父」の素顔と生涯』などです。最新刊は、いま世田谷文学館で開催中の「ビーマイベイビー 信藤三雄レトロスペクティブ」の展覧会図録。信藤三雄さんは、日本を代表するアートディレクターで、ユーミンやMr.Childrenなど、CDのデザインを数多く手がけていらっしゃいます。信藤さんのお名前を知らなくても、みなさんのおうちに必ず信藤さんのデザインしたCDがあると思います。

出版不況と言われて久しいですが、無限の情報があふれる現代、情報の交通整理でもある「編集」そのものは、ますます大切になってきていると感じます。今後は、新しい本をつくるだけではなく、過去の遺産を編集しなおして生まれ変わらせていく方法を、もっと考えていきたいと思っています。





5.最後に一言。

岸本 著者の秦由美子さんはもちろん、麻布の平秀明校長のお話がうかがえる貴重な機会です。パブリック・スクールと麻布はどんなところが似ているのか、あるいは違っているのか。麻布の教育が優れている部分とともに、パブリック・スクールから麻布が学ぶべき部分、さらには日本のこれからの教育が進むべき道も見えてくるイベントになればと思っています。ぜひお越しください!





ぜひみなさま8/17ご都合のよろしい方は足を運んでみませんか?イベントのお申し込みは下記リンク先からどうぞ!



http://real.tsite.jp/daikanyama/event/2018/07/post-626.html



麻布流儀でも取材予定です!もし麻布OBの方もいらしたら麻布流儀の者にもお声がけください!



2016年卒の河村さん率いる東大チームがNHK学生ロボコン優勝!

麻布流儀編集部
date:2018/7/10

2016年卒業の河村洋一郎さんは東京大学のロボコンサークル「RoboTech」で部長を務めていて、2018年6月10日大田区総合体育館で行われたNHK学生ロボコン2018で見事優勝しました!



この大会はABUアジア・太平洋ロボコン代表選考会を兼ねていて、優勝した東大チームの「RoboTech」は日本代表に選出されました。



その模様は下記webページでもご覧いただけます。

https://www.nhk.or.jp/robocon/gakusei/index.html

さらに、2018年7月16日(月・祝)NHK G午前9:30より放送予定とのことです!



ご多忙でご本人の取材は追ってとのこととなりましたが、改めて取材を予定しております。

(下記の写真の使用は許可いただきました。インタビューを受けている河村さん)








下記はwebページをスクリーンショットさせていただいています。

<メンバー限定公開>川岸亮造さんの麻布時代のお話より

麻布流儀編集部
date:2018/7/9

先日公開済みの川岸亮造さんの記事で紹介しなかった、麻布時代のお話より、少しではありますが、追加インタビュー記事がありますので公開しておきます。友人のお名前とか出てくるので、メンバーオンリーでの公開です。



現在は、OFFICE DE YASAIで活躍する川岸さんですが、麻布学園時代は、サッカー部とアメフト部にいたそうです。サッカー部とアメフト部と聞くと、体育会系の王道!という感じがします。麻布での部活動などを通して得た経験も多いと思いますが、そのあたりを聞いてみました。

川岸 麻布の時はずっとサッカー部にいました。サッカー部は、引退の時期が少し早くて、高2の秋です。高2の秋頃というのは、普通の学校でいうと、新人戦がある時期で、その新人戦が行われる時期に、もう麻布生は最後の大会という感じになってしまいます。

サッカー部を引退して、その後で勉強しておけば2年浪人しないで済んだのかもしれないですが、僕はサッカー部引退の後、アメフト部に入りました。

アメフト部に入った経緯は、たまたま偶然なんですけど、その時のアメフト部のキャプテンと、副キャプテン2人、合わせて3人共が運動会の応援団長で、そのとき僕も応援団長をやっていました。僕は特段体が大きいわけでもなかったんですけど。

というのも、僕は理系クラスにいたので、という事なのか?クラスの中に、あまり応援団長をやったりするようなキャラの奴がいなかったんです。それで、応援団長をやる羽目になりました。

そんなこんなで、アメフト部のキャプテン連中とつながりができました。応援団長同士は仲が良かったんですけど、それで僕がサッカー部を引退するときに、キッカーが足りないので、やらないか?と誘われました。

でも、入ってみたら、そもそもの人数が足りなくて(笑)。

 

コンサルタント時代には、週6日の激務を続けた川岸さんですが、激務の日々を支えたのは、麻布時代の仲間のある言葉だったともおっしゃいました。

川岸 高3のアメフトの都大会の時だったんですけど。麻布は初戦から日大三高にあたりました。日大三高といえば、ほとんどのメンバーがスポーツ推薦で大学行くような、優れた能力を持っている人ばかりで。

そういう時、普通だったら、実際にそんな強いチームと戦う前から、『・・・勝てないよね』っていう空気感が流れたりするものだと思うんですけど。

でも、うちのアメフト部の副キャプテンの同級生は、そんな空気感に負けず、

『同じ人間なのだから、勝つ可能性が全く無い訳ではない』

という事を言ってました。

勝てないだろう、という空気感が出てしまいがちななか、同じ人間なのだから、と言っていて。

まあ、実際の結果は、ボロ負けだったんですけど。

実際負けてしまった戦いではあったが、同じ人間なのだから、と周りを鼓舞し続け、勝とうと声を発している同級生からの言葉をもらった。

川岸 スポーツの世界では、センスとか体格とか、あとは年齢とか、様々な要素が強く関係しています。

スポーツの試合においては、圧倒的なセンスを持つ人にはなかなか敵わないし、体格が違うというだけで差が歴然としています。でも、ビジネスの世界では、それこそ同じ人間なので、勝てる可能性がありますよね。もちろんビジネスの世界でも、勝ったか負けたかが全てではないですけど、他の人にやれることは、自分にもやれるんじゃないか、という気持ちはいつも思っています。

同じ人間がやるのだから、自分の頑張り次第では、他の人に負けることなくやれるのではないか、やれるだろう、という気持ち、というのでしょうか。

コンサルの世界でも、ここで踏ん張れれば、より一層強くなれるんじゃないか、という気持ちがありました。

週6日、5年間でしたけど、続けてこられたのは、そういう言葉や、自分の気持ちがあったから、かもしれないです。

 

週6日勤務を5年続けるのは、やはり大変だったのではないでしょうか。

川岸 平日の月曜から金曜はお客様のところに行き、内部ミーティングが土曜にあるという生活をずっと続けてきました。それも、今までの人たちがやれてきたので、自分に出来ないことはないよね、という思いでした。

 

入学したばかりの中1時代ではなく、いろいろ経験を重ねた末の高3の時に得た言葉、というのが面白い。

川岸 サッカー部の時には、強いチームにはそもそも勝てないよね、と半ば諦めていたところはあったかもしれないです。アメフト部のその副キャプテンは、最初から諦めてしまう思考になりがちなところで、敢えてそういう発言をすることで周りを引っ張っていたのだと思います。

それが自分にとっての気づきだったというか。

 

その言葉をくれた同級生はどうしているのでしょう?

川岸 代田常浩君といいますが、現役で東大に入り、アメフト部に入ったのですが、腰をやってしまい、アメフトは1年の時から有望視されつつも、辞めてしまいました。

大学卒業後はリーマンブラザーズに入社し、その後リーマンショックがあり・・・

その後、スタンフォードのMBAに留学し、シリコンバレーのソフトウェア企業Evernoteで経営チームとして貢献したと聞きました。現在はWiL(World Innovation Lab)というベンチャーキャピタルに入り、今も現地シリコンバレーでのパートナーとして活躍しています。

 

現在は日本からは遠く離れたシリコンバレーで働く同級生の古い言葉が、つらい時、苦しい時に、記憶の中から心を奮い立たせてくれるのは幸せなことですね。

川岸 麻布に入った時って、皆おやまの大将みたいに、勉強だったら大概のやつには負けないぞという感じで入ってくると思うんですけど、実際入ってみたら、勉強で叶わない連中がいて。

それじゃあ、そうじゃない道を探さなきゃと、自分が勝てる道を探さなきゃと、そう思って学生時代を過ごしてきましたけど。

敵わないものを目の前にして、別の道を探そうと思った時に、実際敵わないかもしれないけど、同じ人間だぜ、という別の志を、高3の時、同級生に言われたことが印象に残っています。

 

現在も心に残る同級生からの言葉を紹介しました。激務のコンサルタント時代を終え、その後、OFFICE DE YASAIで農業分野にも取り組む川岸さんですが、新しい分野に挑戦する際には、同じ人間だからやれば出来るという強い信念があったからこそ、起業に踏み込むことが出来たのかもしれません。川岸さん、また同級生の代田さんの今後の活躍に期待します。

 

NIKKEI BUSINESSのアンケート結果記事に「麻布現役生」の話題が!

麻布流儀編集部
date:2018/7/6


麻布OBからのタレコミ(!)いただきました!



NIKKEI BUSINESS 2018.07.02で、

「金の卵は分かっている 超一流高校生に聞く 私が就きたい職業」という特集が載っていて、

麻布高校54人、渋谷教育学園幕張高校32人、聖光学院高校233人の現役生合計319人によるアンケートにより誌面が構成されていました。



新職業と呼ばれている「クラウドファンディングコンサルタント」「コミュニケーションAI開発者」「eスポーツプレーヤー」「仮想空間創造師」etc.などに関するアンケートで、この記事によると3人に1人は新職業に関心を持ち、社会人より社会の変革に敏感との話です。



ご興味のある方は「NIKKEI BUSINESS 2018.07.02」を読んでみてください。



す、すみませんが、さすがに誌面は載せられないので、、文字だけですみません。

DODAに川岸くんが!麻布の教養総合が出てました!

麻布流儀編集部
date:2018/6/29

先日麻布流儀で記事として取り上げた2001年卒の川岸亮造さん。彼が教養総合で登壇した時の記事が下記に掲載されていましたので

シェアしておきます。

https://mirai.doda.jp/series/interview/azabu-high-school/



スクリーンショットは記事のwebサイトより使用させていただいております。

2001年卒川岸亮造さんのおまけ動画です

麻布流儀編集部
date:2018/6/28

先日のインタビュー時のおまけ動画です。近日麻布時代の話部分の記事第二弾も公開予定です。

今のうちにメンバー申請をお願いします!「メンバー資格」などから申請を。