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バイアスから自由になることはとても難しいという話。

高橋宏和(H4卒)
date:2023/6/19

photoACより



「目の前の模擬患者さんが南極観測隊に行くとして、シミュレーション問診してください。では、はじめ!」

ずいぶん前に参加した、医者向けのとあるワークショップでの光景である。誰かを不用意に批判する意図は無いので、少し状況を変えて書く。

 

ワークショップは極地での医学に関心のある様々な科の医者向けのもので、参加した医者のバックグラウンドはさまざま。

耳鼻科医もいれば外科医もいるし、心臓専門の医者も、肺や呼吸が専門の医者もいた。

 

ある程度経験が長くなると、自分以外の医者の診察過程を直接見ることは少ない。ましてや自分と別の専門の科のドクターの診察プロセスを見る機会はほぼ皆無と言っていいだろう。

 

冒頭に戻る。

「目の前の患者さんが南極観測隊に行っていいか、医学的に可否を診断してください」

ファシリテーターの突然の言に、会場が静かにざわついた。事前に知らされていない、抜き打ちの模擬診察だったのだ。

「では、そちらのセンセイ、前へどうぞ」

司会に促され、呼吸器内科医が前に出る。

「じゃあやってみて。私が患者さん役やりますので、問診してみてください」

司会者が言う。

 

「…ええと…えー、ふだん咳とか出ませんか?持病に喘息は…?」

戸惑いながら、呼吸器内科のドクターがきく。

 

模擬診察がひとしきり続き、次の医者の番になる。

「もともと、鼻は悪いですか?」

耳鼻科医がきく。

「脈とか飛びませんか?ふだん血圧は高くない?」

次に呼ばれた循環器科医はそう切り出す。

「手とかしびれたことはない?力が入らなくなることは?頭痛や意識無くなったこととか?」

その次の脳外科医はまずそう聞いた。

 

ぼくはそれを見ながら、人間というのはこんなにも自分の専門分野に引きずられてモノを見るのかとある意味で感動した。

「目の前の患者さんが南極観測隊に参加して良いか医学的に判断を下す」というミッションは同じなのに、誰もがみな、知らず知らずのうちに自分の得意分野で勝負しようとする。バイアスのかかった目でモノを見て、バイアスのかかったアタマでジャッジしようとする。そして、夢中になればなるほど、自分にバイアスがかかっていることを忘れる。

 

職業、性別、年齢。生まれ育った環境に今おかれている状況。

ぼくらは本当に無数のバイアスにとらわれている。

そうしたバイアスから自由になってモノを見、モノを考え、ジャッジして、話したり書いたりするのはとてつもなく難しい。

完全にバイアスから自由になるのは正直言って人間にはムリだとすら思う。

せめて出来ることと言ったら、自分にどんなバイアスがかかっているか意識すること、どこまでそのバイアスが自分の言動に影響しているかときどき確認すること、それから誰かが何か言ったらそれを鵜呑みにせずに、そこになんらかのバイアスがかかっていないか健全に疑うことくらいだろうか。

『カエル先生・高橋宏和ブログ』2020年3月14日を加筆・修正)