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#3 麻布流儀インタビュー「東京オリンピックでメダルを!」前編

麻布流儀編集部
麻布流儀編集部
date:2018/2/27
#3 麻布流儀インタビュー「東京オリンピックでメダルを!」前編

 ― 橋本総業さんはテニスの大会も支援し開催されているのですね!

橋本 全日本テニス選手権大会の第89回、第90回と2回特別協賛しました。90回大会は眞子様内親王に御台臨いただきまして、隣で眞子内親王にテニスのお話をさせていただきました。

 

― テニスの支援は長くやってるんですか?川田さんの話もよろしくお願いします。

橋本 チーム作って5年目です。選手との関わりがあってからは10年になります。

個別の選手を応援するよりも、チームを作ったほうが良いと当時株式会社帝人の社長であった長島徹さんに言われて、チームを作りました。

今は男子チームも持っています。川田さんの話ですが、先日二人で話す機会があったのですが、困っていることが3つあるって言っていました。

1つはヨーロッパ遠征に、ビザがないと長期遠征に行くことができないという話です。90日しか行けないって。それは外務省の友達に頼んでビザの発行をお願いしました。でも、ビザって滞在する国が発行するんで、外務省に頼んでもダメみたいですね。スペインに行くのだったらスペインの国に頼まないといけないというようなことですね。

2つめは、船の置き場所のこと。船はトレーラーで運ぶのですが、練習のサポートをするゴムボートみたいなものもあって、ゴムボートの置き場とトレーラーはうちが提供してあげようかって言いました。そこで、横浜に当社の倉庫があるので、その一角に置いてもらうことになりました。

あとは、最終的には資金面ですが、ヨットは1艇600万って言っていたから、ヨーロッパと日本で2艇1200万ととにかくしんどいと。

そこで、支援のあり方として、橋本総業として考えたのは、実は健康企業という制度があったので、名乗りをあげまして、この間健保組合単位で表彰があり、先週は健保組合連合会からの取材を受けたんですけど、川田さんが医者なので、医者としてなんかやってくれたらお金出せるからって(笑)。だから遠隔医療のことを川田さんに調べてもらっています。それはもっと幅広くできるんじゃないかなって思っていますね。

川田さんのお父さんは横浜で透析の病院を経営されているので、おそらくヨットを引退したら引き継がないといけないのではないかなぁと思います。本人は優秀な医者だと言っていましたね(笑)

 

― 自分でですか?

橋本 自分で言ってました(笑)

 

― 川田さんは自分からスポンサーを探したりとか、積極的な活動をされているようですが。

橋本 いや、間接的でした。霜山くんというヨット部の監督から来たんです。本人がその前に一回来たかもしれないけど。

ただ橋本総業としてテニスで年間1億円費用がかかっているので厳しいよね、って言ったんです。我々がスポンサーしているのは、パートナーの梶本さんの方です。はっきりしていて、いい子ですよ。

昨年は愛媛国体のレーザーラジアル級で優勝したんです。また日本セーリング連盟の河野会長からお前もなんか支援しろって言われて(笑)。

ただ、ヨットの方は、ヨーイドンでオリンピックに取り組んでいますけど、色々進んでいますね。セーリングワールドカップという世界大会をオリンピックの前に4回やるんですよ。こないだ蒲郡でやって、あとは江ノ島でやるんですけど。それに比べてテニスの方はまだその辺が出来てないですね。

ヨットの支援としては、ボランティアをやるかどうか東大OBに呼びかけています。2種類あって、1つは競技の審判とか技術的なもの。もう一つは英語が出来るか。この2つの点です。そういう集めるのは、登録も始まっていて。河野さんがやっているから早いですね。

 

― 東大のヨット部という位置付けは長いですよね

橋本 我々の代は4年の時、関東インカレで優勝しました。我々の代は、一つ上の先輩がいなかったんです。だから、最上級生を2年やらせてもらいました。1年、2年と関東で8位でしたね。

全日本にも行けましたので十分凄いと思ったんですが、4年の時についに関東インカレで優勝できたんです。新しい艇種の470クラスが入って、それで秋に470選手権の全日本に出場。15位くらいでしたが、学生では3位くらい。

そのままオリンピック強化合宿にも参加しました。ちょうど正月の時に江ノ島で。その後の4、5月くらいの関東インカレで、優勝できました。オリンピックの強化練習に参加させてもらっているから、船も慣れたし、東大は強かったですよ、その年は。

 

― 指導方法も良かったんでしょうか?

橋本 偶然じゃないです。双子しか勝てない競技だったようです。470って同じくらいの体格でやるのが一番良いって事ですよ。双子は、体格が似ているでしょ、それから以心伝心じゃないですか。それが条件だったのか、その時の世界選手権の上位者は全部双子でした。

1、2、3はその3艇で、あと残りは日本で、当時日本のヨット界のセーラーは全員参加していました。第一回だったんで。

 

― 梶本さんは双子ではない、ですよね

橋本 梶本さんと川田くんはジュニアスクールからずっと一緒。長年のライバルみたいな感じ、そうそう。小さい時から知っているの。ご存知かもしれないですけど、梶本さんは結婚しているんですよ。相手もヨット乗りです

 

― そちらと組む訳ではなくて・・・

橋本 そうそう、なんで組まなかったんだろう?それは聞いていただいたほうが。オーストラリアにいる旦那さんと組まないで、川田くんと組んだ。理由はわからないので、聞いてください。旦那さんもまだ現役ですけど。



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