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日本ほめ上手列伝

高橋宏和(H4卒)
date:2019/10/15

 

toraneko6さんによるイラストACからのイラスト)



常々思っていることだが、日本には、「ほめ」が足りない。

ネットやテレビでやってる「日本SUGEEE、世界がしびれる、憧れるゥッ!」的なやつじゃなくて、普段づかいのやつ。

ネットでは「いいね!」を乱発するくせに、日常生活で「いいね!」を使いこなしているのはクレイジー・ケン・バンドくらいではなかろうか。

日本には、「ほめ」が足りない。

 

足りないものには値札がつく。

普段からひとにほめられていないから、「ほめ」を求めてオジサマたちは夜な夜な街をさまよい歩く。夜の蝶から「さすが~」「知らなかった~」「すご~い」「センスい~」「そうなんですかぁ」の「ほめ」のさしすせそを手に入れるために、彼らは大金を払うことを惜しまない。嗚呼、巧言令色鮮し仁。

 

しかしそんなほめが足りない日本にも、燦然と輝くほめ上手たちがいる。もしほめ上手を目指すなら、そんなほめ上手たちから学ばない手はない。

 

日本のほめ上手といえば太鼓もち、幇間(ほうかん、たいこもち)。

夜のお座敷の雰囲気づくりのプロ、幇間の歴史は長い。

そもそも「たいこもち」という名前は、豊臣秀吉の側近曾呂利(そろり)新左衛門がしょっちゅう「太閤、いかがで、太閤、いかがで」と言って太閤秀吉を持ち上げていたから「太閤もち」→「太鼓持ち」というようになったという説があるくらいだ(諸説あり。小田豊二『悠玄亭玉介 幇間の遺言』集英社文庫 1999年p.28)。

ちなみに幇間というのは酒間を幇(たす)けるという中国の言葉からきている(同書同頁)。

 

さて、最後の幇間と呼ばれた悠玄亭玉介が、こんなことを言っている。

とにかく相手に惚れてみな、と。そしてそのためには

<あたしはね、とにかくまずお客様の顔を見ることにしてた。

 目とか鼻とかおでことか、じーッと見る。そうすると不思議だね。いいところが見つかるんだよ。人間てのは、不思議なもんで、どんな人でも二カ所はいいところがある。目つきがいいとか、口に愛嬌があるとか、鼻がかわいいとかさ。顔じゃなくたって、笑い声が子供みたいだとか、姿勢がいいだとか。

 もちろん、金払いがいいってえのが、あたしにとっては最大の魅力だけどね。>

(上掲書 p.260)。

どんな人でも二カ所はいいところがある。一カ所と言わないところが粋ですね。

87歳まで活躍した玉介は<人に惚れ、仕事に惚れ、自分に惚れる。それがあたしの長生きの秘訣よ。>(p.289)とも言っている。

 

よく見て言葉を発する職業といえば小説家。

小説家井上光晴を追ったドキュメンタリー映画『人間小説家』の中で、よく思い出すシーンがある。たしか、こんなシーンだった。

井上光晴がお弟子さんの女性とチークダンスを踊る。そこはかとなく色気が漂う。

女性は六十前後くらいだろうか。

女性がインタビュアーに語る。

「先生はね、私のことほめてくださったの。耳たぶが可愛いって」

そういいながら女性はほんのり頬を染める。

「今までそんなこと言ってくれる人なんていなかったから。でもね、何十年も前……亡くなった両親がそう言って私をほめてくれた。耳たぶが可愛いって。誰にも言ったことはなかったけど」

ほめの一言が幸せな子供時代をよみがえらせ、女性のモノトーンの日常をフルカラーに変えたのだ。相手をよく見、言葉を選びぬき心を射抜く。まさにほめの達人と言うべきであろう(1)。

 

ちょっとひねった「ほめ」もある。

サッカー日本代表の監督だったイビチャ・オシム氏は数々の名言で知られる。

オシムは選手に対しても辛辣で厳しい言葉を浴びせ続けたが、それだけではなかった。

<「ずっと厳しいことを言っておいて、ふとした時に、ポンと『もうワールドカップ出場を狙っていないのか』とか、『もっと上を見いいんだぞ』とか、声をかけるんです。例えば阿部やいろいろな選手に、お前たちは代表の選手に劣っている部分はそんなにないんだから、もっと上を見ていいんだと、言ってくれたりするんです。(略)」>(木村元彦『オシムの言葉 フィールドの向こうに人生が見える』集英社インターナショナル 2005年 p.203。「 」内は羽生直剛選手談)。

世界が誇る名将にぼそっと「もっと上を見ていいんだぞ」と褒められたら、選手も発奮するというものだ。

ちなみに、オシムは<「言葉は極めて重要だ。そして銃器のように危険でもある。(略)新聞記者は戦争を始めることができる。意図を持てば世の中を危険な方向に導けるのだから。ユーゴの戦争だってそこから始まった部分がある」>(『オシムの言葉』p.38)とも語っている。

 

「引きのほめ」というのもある。

あえて語らないことで成立する「ほめ」だ。

政治評論家の三宅久之氏は阿川佐和子氏と会うたびに

「これはこれは。また今日は一段と……」

とだけ挨拶するという(阿川佐和子『聞く力』文春新書 2012年 p.242)。

そのエピソードについて、阿川氏はこう続けている。

<でもたしかに、「一段と……」のあとに、実のところ何が続くかはわからないのですが、言われた側としては、「一段と、おきれいで」とから「一段と若々しく」とか、そんなふうに褒めていただいたような錯覚を起こすものです。三宅さんとしても、本人を前に、歯の浮くような具体的な形容詞を使わなくて済むから、さほど負担にはならない。>(上掲書同頁)

なるほど。

 

日本の歴史の中で、ほめの金字塔といえばやはり淀川長治だろう。

一定以上の年代の人なら知らない人はいない映画評論家で、一言でいえば愛の人だ。

映画への愛、映画人への愛、視聴者への愛にあふれた淀川氏の映画解説には、「ほめ」しかなかった(2)。

「どの映画にも見所はある」が信条で、日曜洋画劇場でくりひろげられる映画解説では、どんな映画であっても決してけなすことはなかったという。たとえB級C級映画であっても彼は必ずほめるところを見つけ出してほめた。

ぼくたち「ほめ」業界の間で伝説となっている映画解説がある。

こんな感じだったようだ。

「はいみなさんこんばんは。今日の映画は、『大蛇アナコンダ』。あなたね、大蛇、出てきますよ。出てくるヘビがね、なんと、体長、5メートルも、あります。大きいですね、すごいですね、怖いですね。しかもね、アナコンダ、とても速い。くねくねくねくね、動くんですね、速いですね、すごいですね、怖いですね。 ね、あなた、なんといっても、アナ、コンダ、大きいですよお、楽しみですねえ。それではじっくりお楽しみください」(3)

大蛇が大きいとしか言っていないのだが、よっぽど大きい蛇だったのだろう。

 淀川氏は89歳まで長生きしたが、この人もまた人に惚れ、仕事に惚れ、自分に惚れた人の一人だったのかもしれない。

 

日本のほめ上手たちを振り返ってみたが、どの達人たちもかなりの人生経験を経た人々であることに気づく。「ほめ」の達人になるには、まずは自分の人生の達人にならなければならないのだ。

 

ほめ上手への道は長く険しいが、それでも明日はモア・ベター。

いやあ、「ほめ」ってほんとうにいいものですね。サヨナラ、サヨナラ、サヨナラ。

 

(1) 映画を見たのは二十年以上前で、あえてうろ覚えのまま書いた。大きく間違ってたら直します。

(2)ただしイベントなどでは結構辛口なことも言っていたようだ。

(3)youtubeで『アナコンダ』の解説があがってないか探したが見つからなかった。残念。どこで見られるかご存じのかた、教えてくださいませ。



(『カエル先生・高橋宏和ブログ』2017年4月16日を加筆再掲)