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HCD対談会レポ「麻布という不治の病」

麻布流儀編集部
麻布流儀編集部
date:2018/5/17
HCD対談会レポ「麻布という不治の病」

*講堂横にたたずむ江原素六像。

麻布に似た女子校の話題。

中田 おおたさんに質問です。女子校というカテゴリーで見て麻布と似ている学校ってありますか?

観客(笑)

おおた それは圧倒的に女子学院だと思いますね!女子学院の本も一冊書いているんですけれど、女子学院の学校史みたいなものもくまなく見させていただいて、女子学院の高等部、大学に当たるようなところですが、戦前は女子は大学に行けなかったのですが、その高等部を東京女子大学に昇格させていくという歴史があり、その時初代の校長に我らの江原素六先生を推す動きがあって、それを江原先生は断って麻布の校長であり続けたんですね。そんな話を私も本で読んだことはあったんですけれど。東女を作りましたよという写真なんか女子学院の学校史に出てくるのですが、いろんな人がひな壇的に並んでいる中に、一人不明と書いてある人がいて、それ明らかに江原素六さんだったんです

観客(笑)

おおた なので、その先生にこれは間違い無く江原素六先生ですよ、と教えておきました(笑)。やはり同じプロテスタントの学校ということでキリスト教自由主義的なものが共通しているなぁと。

 先ほどの開成の話ついでなんですが、この大視聴覚室の向こう側に食堂がございますが、2年前に東洋フードサービスという新しい業者に変わったのですが、実は開成と同じ業者にお願いしています

おおた あーそうなんですか(笑)

観客(笑)

おおた どうしようこれで頭良くなっちゃったら(笑)

 少なくともお前たちは栄養については開成と同じものを取ってるんだから!プレッシャーに負けちゃダメだと言っています(笑)

観客(笑)

おおた プレッシャーですね(笑)

 麻布と似ている学校というと、私立で東の麻布、西の灘と言いますよね。灘も自由な雰囲気で私服の学校で、校舎も麻布より古く昭和4年の建物ですね。灘の和田校長先生とも親しくさせていただいてます。今でも向こうから転勤で東京に来る場合、また東京から関西に行く場合には、原則として行き来できるような制度が残っていますね

おおた あ、今でもそうなんですね

 私の学年にもいました

おおた 私の学年にもいましたよ!すぐ帰っちゃいましたが(笑)

観客(笑)

中田 麻布から灘に行こうと思ったら試験があるんですけれど、灘から麻布に来る時はフリーパス!

おおた 本当!エイプリルフールじゃなくて?そうですか

 灘は白鶴とか菊正宗とか灘五郷の酒造組合が作った学校なんです

おおた 酒蔵が作ったまさに灘のお酒のところなんですよね

 灘に行くといろいろ菊正宗とか近くの酒造で試飲させてくれるんです。で、昨年、麻布にも売りが出ました

おおた おっ、何ですか?

 江原素六先生の地元、沼津の農協がその名も江原素六という名のお茶を出したんです。東京にまだ販路はないのですが、麻布はお茶で行こうと思っています(笑)

観客(笑)

 お茶を濁すわけではないですが、茶化したり、茶目っ気のある麻布にはちょうどいいんじゃないかなぁと(笑)

おおた 髪の毛も緑だし(笑)

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